『Rel』

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私もあなたも一人ではありません。 - 小山希世 URL

2014/09/15 (Mon) 15:18:33


驚かないで聞いてください。
若いときにつくった借金の返済が辛かったんです。
もっとはやくこれを知っていれば…。
お金がほしいと伝えたら、すぐに振り込んでくれたんです。
とても優しい方で安心しました。
こんなチャンス、二度とないと思いますよ。
あなたも困っていれば、いますぐ連絡してみてください。

お金さえあれば、すべてうまくいくと思いませんか? - kyouka URL

2014/09/11 (Thu) 14:19:38


私のことを覚えてないかもしれないですけど、それでもいいです。
母子家庭で9歳の娘がいて、何も買ってあげられなかったんです。
こんなものがこの世にあるなんて衝撃的でした。
ただでお金をもらえてしまって…本当にいい人に出会ってしまいました。
とにかく連絡してみてください。
こうしている間にも、続々連絡してお金を手に入れている人がいます。
今すぐ連絡してみませんか?
http://hum.thick.jp/

まだ間に合いました! - kitakata URL

2014/09/05 (Fri) 05:09:50


既に知っているかもしれません。
母子家庭で8歳の娘がいて、何も買ってあげられなかったんです。
お金が欲しいってずっと思っていたら、ある人に出会いました。
生活が潤うっていうことをはじめて知りました。
支援するのが生きがいみたいですね!
こんなこと私だけが知っているなんて、申し訳なくて。
善は急げです。
http://hum.thick.jp/

ロシア、エルミタージュ美術館 - イスリス

2013/04/19 (Fri) 21:28:39

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮3F、超古代火星文明収蔵品倉庫
  ドゥネイール、アルベルト・ジーン
 

アルベルト、デルキュリオス、紅葉の3名は、
緊急着陸を試みる戦艦から身を隠す為、足場を破壊して3階の一室へと逃れていた。
すぐ頭上から火山の噴火かとも思える音量で耳障りな擦過音が響き渡り、
特に感覚の鋭敏なD-キメラ…紅葉の脳を揺さ振ってくる。
さしもの超人達にも出来る事などあろうはずもなく、
身を屈め耳を塞ぎ事態が収まるのを待つのみだった。

「もう大丈夫なようだな」

元々、紅葉に『壊され』て視覚及び聴覚を失っているアルベルトにとっては、
其の耐え難い轟音も何ら問題にならなかった様子で、一番に立ち上がった。
感覚を共有する事でアルベルトをサポートしている人工妖精アルテミスも、
そういう用途で造られた存在だけあってピンピンしている。
次にデルキュリオスが気を取り直すも、紅葉は蹲ったまま一向に動こうとしない。
…其れは轟音がどうのというものではなく、戦艦内で紅葉が体験した異常の再発だった。

「大丈夫か?」

アルベルトの問い掛けに返事は無かった…というより、
頭を抱えてしゃがみ込んだ紅葉にそんな余裕など無かった。
鐘楼となったかのように脳内の全てを反響させる頭蓋を、
いっそ割ってやろうかと力を強める紅葉の腕を、デルキュリオスがしっかりと掴んで押し留めている。
サーヴァントたるデルキュリオスでなければ自分の手が壊されていただろうななどと考えつつ、
デルキュリオスは何とか紅葉が落ち着くまで彼女を抑制し切った。
肩で息しながら、もう大丈夫だと口でいいながらも、
突けば倒れてしまいそうなぎこちない動きで起き上がる。

「……先程から様子が変だぞ。
 一体どうしたというんだ?」

「変な声が聞こえてくるの…
 紅葉の居場所に紅葉じゃない何かが入ってくるような…」

「精神干渉か何かか?」

「いや、あの戦艦内は魔力遮断の結界がある筈だ。
 ルーラー用のものがそう易々と突破されるとは思えん」

ルーラー(定める者)とは、ドゥネイールの細川司令が名付けたトル・フュールのコードネームだ。
マーズ・グラウンドゼロ以降、トルの監視を可能な限り欺かねばという事で、
トルの事は可能な限りルーラーと呼ぶように通達されていた。
畢竟、トル対策さえ取られている戦艦内に何者かが魔法なりで干渉してくるとは考え難いという話であり、
今其れを考えたところで答えなど出そうにもないだろうとアルベルトは当面の別問題を取り上げる。

「あの機械共…グラムも通用しないとなると、力押しでは難しそうだ。
 何か策を用意する必要がある」

純粋な力では破壊出来ないとされる最硬のレアメタル・アダマンチウムを使用した機械兵…
今のところ足場をどうにかして時間を稼ぐ程度の事しか出来てはいないが、
アダマンチウムの特性は把握出来ている。
加工技術の存在は其れだけでも打開策がある事を示してはいるものの、
アダマンチウムを融解、溶解させる程の超熱量、
分子結合そのものを破壊する超振動といった、
此処の人員だけで…更に魔法抜きでやるにはあまりにも高いハードルが存在する。
真正面から戦うより、其れを操る本体を叩くべきだとアルベルトが主張するも、
紅葉は全部アルベルトに丸投げした様子で呼吸を整えており、
デルキュリオスはというと、機械兵と其の対処法よりもアルベルトが使った剣に興味を示していた。

「グラムか…そんなものを造れる奴がいたとはな。
 誰の作品か解るか?」

確かにアダマンチウムには通じなかったものの、
並のレアメタルなら、D-キメラの腕力で難無く切断出来る名剣だ。
が、其れさえ通じなかったエインヘルヤルの対策を無視してまで話題に出すようなものかと訝しみながらアルベルトが返答する。

「ドゥネイールの保管していた古代遺産の一つだ。
 詳しい事は知らないが、細川の第二子だかが手に入れた物らしく、
 この世界で知られる如何なる技術とも異なる、未知の業で造られたものだとか能書きを垂れていた。
 まぁ、性能さえ確かならば技術などどうでも良いがな」

「………そうか。
 異界の技術か」

デルキュリオスの呟きは其のまま誰の耳に入る事もなく闇へと消えていった。
 

部屋はかなりの広さがあり、木箱が山を成すよう積み上げられていたり、
展示されているとは言い難いほど乱雑に彫刻が並んでいたりしていて、倉庫か何かに使われているのだと理解出来る。
何しろ屋上から穴を開けて部屋のど真ん中にやって来た為、3人は何処に出口があるのかも解らない。
来た穴は最早戦艦の底を覗かせるだけでとても抜け出せそうに無いし、
結局、部屋の探索をする破目になったのだが…
「…?
 ねぇ…こっちから変な気配がするなの」

「ああ……視角でも聴覚でもない、全身の細胞が懐かしんでいるような不思議な感覚だ」
紅葉とアルベルトが口を揃えて歩みを進める。
デルキュリオスすら、先の2人程強烈なものではないにせよ感じるものがあり、
ニコライ派の救出という任務を一先ず置いて2人の後を追う。
D-キメラの材料にして中心部である『超獣の核』に「超獣の記憶」が残っており、
其れがD-キメラの深層に根付いているというハーティス・ポルフィレニス博士の説を真とするなら、
この紅葉とアルベルトの反応は…正に其れに触発されたものと解釈出来るのかも知れない。
詰まり、超獣に関わる何かが身近にあるという事だ。
 

「何だ…これは?」

「妙な形の化石だな」

其れは最初、人間の化石に見えた。
体育座りで丸まった姿勢の人間に、溶岩石などが付着したような、赤黒い歪な化石であった。
其のすぐ前にプレートが掲げられており、其の化石についての詳細が載っている。

「分類不能遺産
 ラグナリヴ時代以降のものと思われる物体。
 特定の波長に感応する以外の一切が不明。
 超古代火星文明期に於ける検査機器の一種ではないかという説もある…
 …要は何も解らないという事か」

「生きているみたいなの…」
そう言って紅葉が興味津々に大きなストライドで近寄ると、其の物体に変化が見られた。
最初はD-キメラの目でも僅かに輪郭がブレている程度にしか見えなかったが、
紅葉が近付くにつれて其の振動が大きくなっていく。

「震えているぞ。
 これは…もしかして我々に反応しているのか?」
「プレートに書かれていた、特定の波長というのが俺達という事か?
 やはり遺産のようだが…」
遺産ならばドゥネイールの収集対象でもある。
世界各国が破滅現象を収める為に八姉妹の結晶や古代火星文明遺産の収集を進めている今、
組織が手っ取り早く力を得る為に使えるし、
何よりエンパイリアンや前支配者といった連中と渡り合う為にも必要なものだ。
直接使用するにせよ研究対象とするにせよ…他に先んじて集めなければならない。
「ねぇ、これ持って帰っちゃ駄目なの?」
「……其れは流石に…いや、どうかな。
 城主のリスティーとかいう奴は、後で取り返すから良いみたいな事を言っているようだが、
 此処で放置していくというのも何か締りが悪い。保護の名目で持ち帰り博士に調査して貰うか?」

だが展開は落ち着いて議論をさせる程の時間も与えてはくれなかった。
突如、化石がこれまでにない程の反応を見せる。
爆発するかと思える程に赤く点滅し、震え始めた其れは…まるで危険信号か何かのようだった。
「…何だ?」

良くは解らないが…兎に角、此処にいたら危険だとデルキュリオスが感じ始めた時、
部屋の壁から肉瘤みたいなものが突き出て来た。
瘤の中央に横線が入り上下に分かれ…鋭尖な牙が並ぶ口を成した。
「さっきのことおなじ、おおきなちから…でもしろいほうせきじゃない……
 …べつにいっか、いただきます…」

Re: ロシア、エルミタージュ美術館 - 夜空屋

2013/04/23 (Tue) 22:17:02

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮屋上、北西部
  魔女の茶会、リライ・ヴァル・ガイリス


「何の理由で、か」

 ナオキングが聞きたいのは、何故リライがトリア達を滅ぼそうとしているか、
 ……ではないだろう。その顔は、何故ナオキングの心に踏み込むような真似をしたのか、そう問う顔だ。
 リライとしては、エーテル先駆三柱であり、自分のオリジナルにあたるところのオルトノアとも関係があるというタカチマンに関わりたかったというのがもちろんある。
 タカチマンがオルトノアと、具体的にどのような関係を持っているのかはわからなかったが、それはともかく。

「……キミと仲良くしたかった、から、とか」
「誤魔化さないでください」

 まぁ誤魔化してるように聞こえるよね。そうリライは心の中で呟いて、

「理由が欲しい?」

 そう言った途端、ナオキングの感情が爆発しかけて、行き場を失い、逃げ道を探すように口を開いて、

「理由なんて、無いとでも……ッ!」
「……仲良くしたかったのは、本当だよ」

 そう、仲良くしたかったことに間違いは無い。
 問題は、リライにとっての『仲良くなる』ということが、ダンテたち──魔女の茶会のメンバーのように『仲間として』か、リライの手で心を壊された『人形として』か、なのだが。
 ナオキングはリライにとって後者だった。愛おしいほどの臆病な心を、徹底的に弄んで、完膚無きまでに破壊して、哀れなほどにリライに依存させたいと思えるヒト。
 だから接触したのだけれど、言わぬが花だろう。まだ何か言いたげなナオキングに、これ以上かける言葉はリライには無かった。

「おい、仲良くお喋りしてるヒマはねぇぞ!」

 屋根のへり、エインヘルヤルが滑り落ちていった先を覗き込んだビルクレイダが叫んだ方を見て、リライは一瞬、自分が何を見たのかわからなかった。
 銀色に輝く影が、視界の下から上に飛んでいき、それに遅れて二本の線が尾を引いた。まるでスワローテイルを引いて飛ぶ蝶のようにも一瞬見えたが、重力を感じるその動きが、そんな印象を吹き飛ばす。
 エインヘルヤル。先ほどナオキングによって滑り落とされた機体だ。
 伸びたワイヤーを一気に巻き上げ、その反動で跳躍。そんな曲芸じみた真似で、容易くリライたちの真上を取ってしまった。

「…………ッ!」

 真っ先にニーズヘッグが反応してエインヘルヤルを再び弾き飛ばせるように構え、一瞬だけ遅れてビルクレイダがエインヘルヤルの着地の衝撃から退避するように動き、ナオキングとリライは咄嗟のことに動けず、
 エインヘルヤルが真下にレーザー砲を構えて、

「ッらァ!!」

 真横から飛び込んできた蹴りが、エインヘルヤルの巨体を一気に吹き飛ばし、再び鉄騎兵を屋根の先に落とした。

「……は?」

 ビルクレイダが呆然、といった感を漏らす。ナオキングも、理解が追い付かず目を白黒させている。
 ニーズヘッグも口をぽかんと開けていて、リライだけが何が起きたのか理解した。

「神野さん……!?」
「ようリライ。死にかけてたみてぇだけど、今の、ほっといた方がよかったか?」

 骨の人。神野が、まるでたまたま友人に会ったかのような気軽な声で、リライに軽く手を挙げた。
 その後ろから、ハインツを脇に抱えたシュトルーフェが追い付く。

「主よ、御無事か?」
「あ、うん、私は平気」

 シュトルーフェに答えつつ、リライは神野の方に向き直り、

「なんで……ここにいるの?」
「なんでって、そりゃアレだ。SAver探すのに一度、見晴らしのいい屋上行こうかねってことにしたんだが」
「小生も同様である。安全な区域を探す予定であった」

 シュトルーフェが同意するが、さすがに屋上がこのような──巨大戦艦が中庭を蓋しているような状況なのは予想出来なかったが、と付け加えた。

「……なんだろうね、コレ。みんな考えることは一緒ってコトかな」

 特に打ち合わせは無かったはずだが、偶然って恐ろしい。
 ふと、リライはハインツがやたら静かなことに気付いた。

「…………はっ。いかん、意識無くなってた。ちょっとシュトルーフェ君、きみ、もうちょっと丁寧に運んでくれないかな。
 っていうかあれだ、もう下ろして結構ですよ。僕もう立てるって。いや逃げないからね?
 あれリライ、また会ったね! これって運命? 素晴らしいね! 運命サイコー!
 ん、なんだいその冷たい眼差し。そんな目で見るなよぅー照れるよぅーいやーん。
 ……ごめん冗談だからその眼マジでやめて! 辛いから! 精神にクるから! 悪かった! マジで僕が悪かったから! 反省するから!」

 訂正。リライはハインツがやたら五月蝿いことに気付いた。
 シュトルーフェの腕の中でクネクネと不気味な動きをしながら意味不明な供述を繰り返すハインツに、リライは思わず視線を逸らした。
 視線を逸らした先で、ビルクレイダががっくりと肩を落としていた。

「俺たち……こんなのに今まで苦労させられてたってのかよ……」
「そういう君はビルクレイダ・ヘクトケール君! だよね? 合ってるよね? これで外してたら恥ずかしいってレベルじゃねーぞ!
 やぁはじめまして、僕はザロージェン……ああもう言い辛い! ゲテモノーズの仮リーダーやってたハインツだよ! よーろーしーくーねー」

 うなだれるビルクレイダに、『こんなの』がロックオン。
 一気にまくしたてるハインツに、ビルクレイダはうげぇ、と物凄く嫌そうな顔をする。

「うわ、何その顔。仲良くしようよー?
 僕もうロシア側からは反逆者だし。ゲテモノーズの残りは……っていってもLLと死鬼森だけになっちゃったけど、今メドヴェージェフ追わせてるし」
「は?」

 何を言い出したのか、一瞬聞き逃しそうになったビルクレイダに、ハインツは構わず口を動かす。

「双子ちゃんは今気絶中っぽくて通信切れちゃってるからなぁ。いやもうホント、ここにいるのは非力な一般人ですんで、キルオアダーイ! とかは止めてほしいな!」
「いやいやちょっと待て! 反逆者ってどういうことだよ!?」
「いやそれがさぁ」

 声を荒げて驚愕を隠そうともしないビルクレイダに、ハインツはあっさりと答えた。
 ハインツ個人の目的として、ロシアの暗部を探っていたこと。
 そのことがラスプーチンのペットのメドヴェージェフにバレたこと。
 さらに。

「いやー驚いたよ。メドヴェージェフがなんでか知らないけど単騎で僕のところに来てさ。何事かと思ったら突然全裸になったんだよ。
 しかも全裸になったと思ったら別人に変身しててさ。クマの獣人っぽかったけど知らない?
 その上滅茶苦茶強くてさぁ。能力も相対してある程度わかったけど、多分世界屈指の能力者じゃないかなアレ。
 つーかヤバイって、マジでヤバイ。瞬間移動が霞んで見えるねってレベル!」

 ビルクレイダは、半目かつ呆れ顔でハインツを見ていた。
 口を閉じたら呼吸困難で死ぬのかというくらいに喋る喋る喋る。
 しかもたちの悪いことに、肝心なことは言わず、もしくはぼかして伝えている。
 リライとしては、面倒になることを言いそうになったらさすがに止めるつもりだったが、そんなことは起こらなかった。

「というわけで交渉だテロリスト改めニコライチーム所属のビルクレイダ君!
 既にゲテモノーズは僕含めてロシア側と敵対状態になった。本来ゲテモノーズはロシア側のペーシャオ・バガモールが操作担当だったんだけど、なに考えたのか知らないけど操作ほっぽりだして突撃して死んじゃったし。
 ってなわけでゲテモノーズは大体全部僕の管轄下だ。そして僕はもうロシア側に興味は無い。僕の離反もとっくにロシア側に伝わってるだろうしね。
 敵の敵は味方、ってことで、この状況をどうにかするために協力しないか?
 ぶっちゃけ僕、生き残れればそれでいいからね。君たちコニコライチームや、このバカデカい戦艦の持ち主が何を狙ってるかは興味ないからそっちで頑張ってくれ。
 なんかのアーティファクトだっけ? うん、そんなことよりおうどんたべたい。
 ああそうそう、メドヴェージェフの能力推定も今ならオマケで付けちゃうよ?」

 そして勝手に交渉まで始めてしまった。
 唖然とするビルクレイダとリライ、さっきからオロオロしっぱなしのナオキング、首をかしげたままのニーズヘッグ、相変わらず無言のシュトルーフェに、神野が全員を見回し、ハインツを指さして、

「……コイツ今のうちに始末しといた方がいいんじゃね?
 生かしとくと面倒だぞ、あらゆる意味で」
「その意見には同意だが、お前ハインツの仲間じゃねぇのか!?
 ……いや、仲間だったらそんなこと言わねぇよな」
「えっと、私、仲間にするつもりなんだけど」
「リライ、考え直せって。いてもウザイだけの上に所属してる組織の秘密漁って暴いて他のところに売りつけるのが趣味の人外嗜好の変態だぜコイツ」
「オイオイなんだよそのイカレた趣味は。そんな奴仲間にすんの、勇気がいるってレベルじゃねぇぞ。
 つーかただの疫病神じゃねぇか」
「何このフルボッコ!? 僕何か悪いことした!?」
「いくらなんでも所属してる組織の秘密を暴いた上に他の組織に売りつけるってのはどうかと思います……」

 ついにナオキングにまで言われるハインツ。
 疫病神ってどころじゃない気がして、魔女の茶会に迎え入れるか躊躇った自分は正しい、リライはそう思った。

Re: ロシア、エルミタージュ美術館 - イスリス

2013/04/28 (Sun) 23:25:44

  アメリカ合衆国、ヴァージニア州、マクレーン
  中央情報局(CIA)本部
 

アメリカの国鳥であるハクトウワシの国章を床に描いたホールに冷たく硬い足音を響かせながら、
大統領直轄組織の一つであるCIAの長官ワイルアーツ・ランドルフは、
使徒のイエローデューガンを筆頭とする護衛達を伴い、
CIAの科学技術本部、D兵器研究部へと大きめの歩幅で一直線に進み行く。
古代火星文明期の超兵器であるD兵器関連の調査を目的で創られた部署らしく、
守護者や異形竜の写真、サテライトキャノン(ウルグザハニル)の模型などが並んだ雑然とした部屋の中、
ランドルフCIA長官をスーツ姿の男が出迎える。

「早かったですなランドルフ長官」

此方もCIA同様の大統領直轄組織である結晶兵器研究集団ジュブナイルAの総括主任トールマンだ。
元々、前大統領ユミルの下で副大統領を努めていた男だが、
第四次世界大戦の真っ最中にユミル大統領が死亡し、暫定的に大統領になった事もある。
というのも其の時のヤケクソ気味な作戦指示でネオス日本を誤爆するという大失態を演じた角で、
相当絞られ、国民からの指示を完全に失い失脚…明日をも知れぬ身へと堕ちたのだ。
だがトールマンが特に力を注いで育てたジュブナイルAの有用性と、
其の育成手腕を見込んだ政府上層部の意向により、
首の皮一枚で追放を免れジュブナイルAの主任というポストを得たのである。

「研究主任!」

トールマンに研究主任と呼ばれた眼鏡の少女が携帯端末を操作し、資料を投影する。
映し出されたのはエーテル反応を色分けした世界地図であり、
主にエーテル関連施設、紛争地などが赤く色付けされている。
南極大陸はS-TAの大結界によるエーテル遮断により、ぽっかりと穴が開いたよう真っ黒になっており、
アメリカ国内の機密保持を要する施設などにも同様の表示が為されている。
エーテル反応の高い赤、低い青などとは別とされる、観測不能の黒であった。

「御覧下さい」

ジュブナイルA研究主任であるコードネームO-727が、
世界地図の右上に表示されている時刻を進ませる。
ある時を境に、アメリカ各地で一斉に真っ黒い穴が開く。

「アメリカ各地に設置していたレーダーが同時に沈黙。
 この図は当時に観測不能となった箇所を重ね合わせて表示したものです。
 海外拠点のレーダーも1割程が同様の状態となりました」

「随分と念を入れたものだ。
 能力者対策のレベルを2段階ほど上げねばな」

……組織・白き翼のビフレスト起動は、計画的なものではなく突発的な事件に対応したものだ。
万が一でもアメリカに嗅ぎ付けられる事の無い様、偽装工作をしたものの…急拵えの御粗末なものであった事は否めない。
だが其れでも尻尾を掴ませる事は無かっただろう。これまでのアメリカ相手にならば。
白き翼はアメリカがビフレストを奪還すべくビフレストを探すレーダーを完成させているという情報を掴んでいた
故にビフレスト起動直前にアメリカのレーダーを破壊し、
更にビフレストの移動経路、殊更拠点を特定されない為に、無関係の各国レーダーも同時に破壊するという目晦ましに出たのだ。

「例の協定で得られた資料も合わせますと…」

白き翼の最大にして最悪の誤算は、
アメリカ合衆国がヴァストカヤスク・サミットで既にビフレストの存在を各国首脳に明かした上、
対エンパイリアン、対トルといった一連の事件に関連する対策・協定を結んでしまっている事だ。
当然のように公開される事もなく、エンパイリアンさえも意識した情報封鎖・管理が加えられ、
しかも其れらは人類の一大事である破滅現象対応の一環でもあるとされて恐ろしい程、迅速に利用された。
これまでなら国防上の理由で決してアメリカに渡る事のなかった、
各国のレーダー情報がアメリカに提供された結果…

「このEUのレーダー消失域が巨大な道を成している事が解ります」
個々で観測していれば決して解らない筈の道を、赤裸々にされてしまう破目になったのだった。
何故人間が万物の霊長を名乗り地球を我が物顔で闊歩出来るようになったのか…
脆弱な種なれど、人間の構築した『システム』が彼等を生存競争から弾き出した。
群れのシステム…其れを得た人間に最早敵はいない。

「この規模…やはりビフレストか。漸く動いて来たか…
 …しかし何処が拠点か解らぬ様、世界規模で一斉にとは豪勢な事を」

「相当、根深いな。
 エンパイリアンである事は疑い様もないが、
 こやつらもSFES並の勢力があると考えた方が良さそうだ」

「ただ、其れでも範囲があまりにも大き過ぎて、
 敵拠点が欧州のいずこかであるという程度の絞込みしか出来ませんでした」

「充分だ。其のままノコノコと戻る事もないだろうし、じっくり欧州を調査し次の手掛かりを捜索しろ」
各国がアメリカに情報を提供したよう、アメリカも各国に情報を提供した。
詰まり、白き翼という組織やビフレストついては兎も角として、暗躍する意志の実在が主要国に認められたという事だ。
ランドルフCIA長官は面白くなってきたとばかりに笑いながら踵を返す。
「各国も同じ分析結果を得ている筈だ。我々は先手を打ってEUとの調整に入る。
 ジュブナイルAの諸君も近い内、アトラスに招集される事となるので其の積りでいたまえ」

Re: ロシア、エルミタージュ美術館 - イスリス

2013/05/05 (Sun) 14:56:04

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮屋上、北西部
  魔女の茶会、リライ・ヴァル・ガイリス
 

 

「いやさ、別にいーんですけどねー?
 そちらさんが要求呑もうが蹴ろうがさー
 ところでウチのLLが随分と大きく膨張したみたいですなー」

「うわ、今度は脅迫かよ。
 おいリライ、マジこいつは止めとけ」

もう言葉を取り繕う必要性も感じられなくなってきた。
其れほどまでに、このハインツ・カールと言う男の言動は、
本人の意図しない所で、彼を手元に置く事の危険性を主張している。
其れに当のハインツが気付かないというのも、空気を読む力が壊滅的と言うほか無い。

「…そうなると、今回のって……徒労なの?」

思わず五七五で諦観を切なく詠み上げたリライに、
まーそーなるなーっと脱力しきった神野が静かに頷いて見せる。

「おーい、お前ら内輪の話はどーでもいーから置いとくが…
 確かハインツつーたよな? お前が死んだらゲテモノ共のコントロールってどーなるんだオイ?」

ビルクレイダが問う。
っつーかオチが即バレするような其の問い掛けを真顔で出来る辺り、彼もハインツとどっこいかも知れない。
当然、馬鹿正直にいらえなど出来るはずも無し。

「…………其れ、答え一つしか言えませんよね?」

「そーか? じゃあ手っ取り早く…」

手にした無骨な拳銃を掲げて見せるビルクレイダに、
おどけた態度以上の冷徹さを感じ取ったハインツは、
事此処に至って交渉相手を間違えた事に気付く。

「いやいやいや! ちょっと待って下さいお願いします!
 マジ洒落んなんねーってゆーかマジパネェってゆーかマジ止めて!」

片方が死体に変換される程度ならば、
狂人が狂人と化学反応を起こした結果としては慎ましやかなものだなと暢気に考えるリライ。
正直、ハインツ面倒臭そうだし此処で死んでも其れまでの輩だったと前向きに考えようと、
其れは其れで哀愁漂う思考を泳がせる中、ビルクレイダの懐から振動音が響く。

「お……ちょっと待ってろ」

ハインツ処分を一先ず保留して通信結晶を取り出すビルクレイダ。
とはいえハインツがこれを機に逃げる素振りなど見せようものなら即座に処分すると、
其の眼と今尚微動だにせず向けられた銃口がハインツを凍て付かせていた。

「もしもし……はぁ? そんな事するまでもネェよ。俺もう屋上いるし。
 俺を誰だと思ってんだ? 壁なんざ足場よ。狙撃される前に上り切るくらい訳ねーっつーの。
 ………あ、えーっとなぁ、其れはな、結果的に友軍の助けになってるから良いじゃねーか!」

ビルクレイダが屋上でナオキングと共闘していた流れは、彼の好奇心によって起こされたものだった。
解体屋エリスを処分したビルクレイダは事前に決められていた脱出プランに従い、3階へと向かい…
途中の窓から、外の戦闘を垣間見たのだ。
サンクトペテルブルクの空中から降り注ぐ砲撃で破壊されていくロシア機動兵器群…
攻撃の手を休める事無く空を移動しながら敵の攻撃を回避していく戦艦ミルヒシュトラーセ…
興奮して、どうせ屋上から逃げるのだからと窓から出て屋上へと移動し…
戦艦の落下を迎える事となったのだ。
命令無視ではあったが結果的にはナオキングの助けとなり、
屋上確保に貢献した事は間違いない。

仲間に対し弁明を続けるビルクレイダを余所に、
リライは、この不毛極まる状況をどう転がして益と為すか…
いや、まずはどうやって無事に帰還出来るかを考える。

「…この人(ハインツ)を迎え入れるかどうかは保留として、
 今は先ず私達も彼等と共同戦線を張った方が確実だよね」

「はぁ? 共同戦線だぁ?」
バトルジャンキーな神野があからさまな拒絶反応を示してみせるが、
彼の都合なんかリライにとってはどうでも良い。

「さっき会ったよ。SAverと。
 口を向けられただけで生命力とか記憶とかまで吸い取られそうになったの。
 オマケにロシア軍にも厄介なのがいるみたいだし…」

そして、現状はあまり会話の時間も録に与えられないという事を思い出す。
すぐ近くに先程感じた悪寒…SAverの気配を感じ取る。

「近いぞ…あっちの方か?」

「下だな。3階で誰かと交戦中であると推測される」
シュトルーフェの解析は正しい。
3階の一室にて紅葉、アルベルト、デルキュリオスの3名がSAverリディアと戦っている真っ最中だ。
このままSAverを彼等に任せて自分達は別の工作を進めるか、
彼等に助太刀してSAverと戦うか…いずれにせよ決断に時間はあまりかけられないだろう。

Re: ロシア、エルミタージュ美術館 - イスリス

2013/05/11 (Sat) 13:33:39

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮1F、古代西アジア文化芸術の間前
  ニコライ派、アリオスト・シューレン
 

「一体何をどうしろっつーんだぁあ!?」

アリオストが走りながら吼える。精神の均衡を保つ為にも必要な行為だった。
其の両隣にルプルーザとRBが併走し、彼等の背後にエインヘルヤル…非常に解り易い構図だ。
何しろエインヘルヤルには剣も魔法も通用しない。抗うだけ無駄な手合い。
殆ど何も出来ないまま戦略的撤退、転進転進退却に非ず…などと糊塗するのも馬鹿馬鹿しい。
逃走しながら敗走していって絶賛潰走中である。

「落ち着け。手も足も出ないという訳ではなさそうだぞ」

ルプルーザは油断無く敵の行動を観察し、幾つかの欠点を見抜いていた。
重心の偏りによる上半身の不安定さを突き、美術館の床を崩すなりして時間を稼ぐ程度は出来そうだし、
美術品に執着している事から、これらを盾にして牽制する事も可能だろう。
…アリオストは此処にRBがいた事を感謝すべきかも知れない。
もし彼がいなければルプルーザはこれらの案を即座に実行し、
其の皺寄せを全部アリオスト任せにしていただろう。

そんな折、ルプルーザの通信結晶によりニコライ大佐から新たな指令が届けられる。

《ルプルーザ君、まだ1階にいるかね?
 ジェスケン君から連絡があったのだが、
 現在、冬宮の中庭で友軍とロシア軍ディーカヤ・コーシカが交戦中だ。
 オセロットら主力が出向いていて梃子摺っている。助太刀を頼みたい》

「了解、直行します」

ルプルーザ、アリオスト、RBの現在地は冬宮1階東南の古代西アジア文化芸術の間付近だ。
大食堂の北にあるヨルダン階段はLLによって封鎖されているし、
なるべく離れようと、こうして南に逃げて来た訳であった。

「中庭ですか…
 後ろの敵と挟まれてしまいそうですが、館内で戦うよりは被害が少なくなりそうですね」
 其れに、エインヘルヤル達を統率している六反田師団長を始末出来れば或るいは」

RBの述べた手段が対エインヘルヤルとしては一番手っ取り早いものだろう。
無敵に近いエインヘルヤルだが、彼等を創り出して操る主…六反田は違う。
身体的には唯の子供であり、この面子であれば秒殺も容易い。
だがアリオストはそんなRBの案に苦い顔を浮かべて難色を示す。

「ガキとはいえ女なんだろ? 始末ってのは気が進まないな」

「…手心を加える積りか?」

「バケモンは論外として女に向ける剣なんざ持ってないぞ。
 とっ捕まえて、あの鬱陶しいメカ共を黙らせてやるさ」

アリオスト・フェミニストである。

「寧ろ、そのような余裕を持てる程度の相手ならば良いのですが」

曲がりなりにも六反田は元SFES最大戦力レギオンの師団長級…
幾ら身体能力に劣るとはいえ其れを補い生き残る術を見出しているからこそ、
リゼルハンク崩壊後の今日に至るまで存命しているのだからとRBが諫言する。
冬宮中庭を目指し西へ走る3人の前に、
流れ弾か何かで割れた窓と、其処から広がる中庭の光景が見えて来た。
其処に3人揃って飛び込むも…
 

冬宮中庭は想像を超えた激戦区となっていた。
 

友軍筆頭カーデストのアンチマテリアルライフルから放たれた超大型弾が、
エインヘルヤル達をビリヤードのように吹き飛ばして玉突き衝突させ、
其れを盾にして進んできていたディーカヤ・コーシカを何人か押し潰させるも、
数の有利を嵩にしてディーカヤ・コーシカ達は徐々に包囲を進めカーデストとの距離を詰めていく。
カーデストにとってあまり良くない状況だ。
超人的な身体能力を誇る七大罪のカーデストとはいえ、エインヘルヤルを傷付ける事は出来ない。
唯一、カーデストの武器で効果があるのが、このアンチマテリアルライフル『リ・アルクバリスタ』なのだが、
其の圧倒的な威力と引き換えに扱いは大変難しく、装弾数も少ない。
此処まで近付かれてしまえば、もう後は詰め将棋といった有様である。
ミルヒシュトラーセ転送経路の一つは正に陥落寸前、
そんな中、アリオスト、ルプルーザ、RBは敵陣近くに顔を出した訳だが…

「援軍か! 有難い!」

カーデストがルプルーザ達の姿を視界に留め表情を幾分和らげて叫ぶ。
敵の大半がカーデストに集中している今、
其の分、敵陣の守りは薄くなっている。
此処でルプルーザ達が敵大将であるオセロットと六反田を始末すれば大逆転も有り得る。
が、守りが薄くなっているとはいえディーカヤ・コーシカが十人程、
エインヘルヤルも同じ程度は待機しているし、特別機らしいもの2体いる。
3人で突破出来るかどうかというと…相当厳しくルプルーザには思えた。

「……これは、先程よりも状況が悪化しているぞ…」

「じょ…上等だ! 六反田って奴を押さえりゃ良いだけだろ。
 こんな連中相手に混乱するんじゃない!
 行くぞ! ふんどし!!」

シリアス顔で凛々しく雄々しく猛々しく勇ましく生大根を堂々と掲げるアリオスト。

「アリオスト様が一番混乱しているかと」

冷静に突っ込みを入れるRBだったが、
単純にアリオストがパニクってる以上の問題が浮上して来た。
ポーズを其のままに固まったアリオストが脂汗をダラダラ流しながら呟く。

「………俺、武器無くね?」

そう。アリオストの愛剣は大食堂で気絶中の双花ウタゲが持ったままであり、
今のアリオストの武器は、
頭痛や眩暈で朦朧としたまま食堂で手に取った、この客前調理用の生大根一本だけ…
いや、ついでにゴボウも2本あった。やったねアリオスト!

「………『バケモンは論外として女に向ける剣なんざ持ってないぞ(キリッ』」

確かに剣なんざ持ってなかったなとルプルーザが悪態をつき、
足手纏いにだけはなるなと、アリオストを戦力から除外して突破口を探ろうとする。

「!」

…其処にアリオストが聞き慣れた声がした。
其れはアリオストの黒歴史……

「…っほぅ、誰かと思えば紅蓮の死神(笑)ではないか。
 今日は服なんか着てどうした? やはり全裸では寒かったのか?」

ディーカヤ・コーシカ隊長、オセロットであった。
嘗てハバロフスク市でディーカヤ・コーシカの雑魚相手に俺TUEEEEしてたアリオストを打ちのめし、
全裸の上、上下逆さまの磔刑に処し通電という屈辱的な拷問を行った怨敵…
しかも其の御蔭でイルクーツク収容所の中を全裸で徘徊する破目にもなってしまった。
其の隣にはエインヘルヤル軍団の主たる幼女、六反田がエインヘルヤルの頭頂部に正座しており、
アリオストの方など見向きもせずにカーデスト攻略に集中している様子だ。
オセロットはカーデスト攻略を六反田に一任し、自らは彼女の護衛に専念…
嘲りも露わな態度とは異なり一切の油断も隙も見せずにアリオスト達を警戒している。
アリオストと知り合いらしいし、此処はアリオストを囮にして気を逸らさせ…
そんな感じでルプルーザが人道何それ?な作戦を構築しようとするも、
今回は其れよりも先にアリオストの方から行動を開始した。
大根片手に何やら笑みを浮かべつつオセロット…の前に立ち塞がったディーカヤ・コーシカ達と対峙する。
アサルトライフル持ちが2人。機関拳銃持ちが2人。
其れなりに力を入れている今回の作戦では武器もかなり贅沢な物を使っており、いずれも結晶封入の稀覯品だ。
併しアリオストに臆する様子は一切ない。

「ちょいと腰が引けてたが…良い感じに火ィ付けてくれてアリガトよ。
 こりゃ、あの屈辱を晴らす絶好の機会って事だなぁあっ!!」

アリオストの体から迸る闘気が手にした大根に纏い付き炎と化す。
これぞアリオストの緋蓮爆炎撃。炎と化した闘気を武器に付与し敵を焼き葬る技である。
…得物が大根だが細かい事はどうでも良いだろう。
燃える大根を機関拳銃持ちに投げ付けると同時にアリオストは敵陣の右方へ回り込むように走り出した。
炎に視線を奪われたディーカヤ・コーシカ達の反応が一瞬だけ遅れ、
更に続いて投擲された灼熱のゴボウ2本に、もう片方の機関拳銃持ちとアサルトライフル持ちが手首を焼かれ武器を落とす。
最初に投げられた紅蓮の大根を撃ち砕いて直撃を免れた機関拳銃持ちだが、
其の時には既にアリオストの接近を許してしまい、鳩尾を強かに蹴り付けられ力無く蹲る。
武器を拾って戦線復帰したばかりの敵兵2人を肘鉄で沈黙させ、
彼らが地面に横たわる事も許さず、其の体を残ったアサルトライフル持ちに向かって投げ飛ばす。
瞬く間に4人のディーカヤ・コーシカを制圧したアリオストは、手近な敵兵の懐をまさぐり武器を調達した。

「ちっ、ナイフか…リーチが不安だが無いよりゃマシか」

其処にエインヘルヤルが迫る。
頭の上で片膝立となったオセロットが銃口をアリオストの脳天に狙いを付けんとするも、
直後、アリオストの姿がオセロットの視界より消失…
紅蓮の残光がアーチを描き、彼の頭上を越えて行く。

「ほぅ、流石にこの前のようにはいかないか」

オセロットが認識を改め、手にした拳銃を肩越しに背後へと向ける。
炎を纏う流星と化したナイフが其の閃きを銃口にて受け止められるや否や、
オセロットとアリオストが足場としているエインヘルヤルが大きく首を振り被る。
其れはオセロットの指示によるものであり、姿勢の安定していなかったアリオストが投げ出されるも、
アリオストは壁に吸い付くように着地し、其処を踏み台として跳躍…
エインヘルヤルを飛び越え、六反田の許へと走る。
先にオセロットの背後を取った時にも、行こうと思えば行けたのだが、
十中八九オセロットから銃弾を貰う破目になると判断し、
アリオストを振り落すべくエインヘルヤルを操作し、彼も幾分姿勢を崩した今を好機と見たのである。

「黒歴史清算んんっ!
 汚名返上! 名誉挽回! 面目一新! これが俺の本気だぁあ!
 今の俺なら何でも出来る! もう何も怖くないぞぉ!!」

六反田の前にエインヘルヤルが一体立ちはだかった。
護衛用のエインヘルヤル・ツヴァイは両腕のヒートブレードを起動させ大上段に振り被る。

「邪魔だああぁああ!!」

アリオストは其の大きく開いた両腕の間に滑り込んでブレードをやり過ごすと、
エインヘルヤル・ツヴァイのモノアイ目掛けてナイフの突きを見舞わんとした。
が、克己心や気合いでパワーが覚醒してイケメン無双開始などという、
唾棄すべき妄想プロット、問屋が卸さねぇよとばかりに
エインヘルヤル・ツヴァイがアリオストに顔面パンチをキメる。
…エインヘルヤルは巨大な両腕の他、頭の下部に補助腕が収納されているデザインであり、
アリオストは主腕こそクリアーしたが、補助腕に捉えられたという訳だ。
メコッと嫌な音を立ててアリオストのハンサム顔が凹んだ。俗に言うジャイアンパンチである。

「…未知の敵戦力を考慮せず突っ込んでくるのは熱血でもなんでもない。
 ただの馬鹿と言うのだ、戯け者」

六反田が呟き終えるよりも先にアリオストが衝撃でブッ飛び、中庭に植えられている菩提樹に叩き付けられた。

「…ちっ、厄介そうなのが奥にいるな」

アリオストが敵の注意を引き付けている間に、ちゃっかりディーカヤ・コーシカ達を片付けたルプルーザだが、
六反田を守護するエインヘルヤル・ツヴァイらとオセロットを出し抜くのは困難と、慎重に様子を窺っていた。
下手に攻めればアリオストの二の舞になるのは確実であり、RBは半ば牽制目当ての狙撃を行う。
RBの腕から突出した小型レールガンより放たれた弾丸が六反田に着弾する事は…当然無い。
彼女の姿を隠すよう掲げられたエインヘルヤルの腕に僅かな窪みも作れずに空しく散った。

「戦闘を避けて或る程度近付く事も出来るが、護衛との交戦は避けられない…か」

ルプルーザには己への視覚的認識を阻害する能力『血霧』があるものの、
エインヘルヤルの様なマシンにまで通用するとは思えない。ほぼ間違いなく補足される。
『血霧』での暗殺は断念せざるを得ない。

「まずは歯が立つオセロット隊長を仕留めるべきかと。
 後に護衛のエインヘルヤルを引き剥がす方が最も確実で安全と思われます」

「っつぅ、そうだな…俺とした事が急ぎ過ぎたぜ」

RBに返事をしたのはルプルーザではなくアリオストだった。
フラフラと起き上ってズボンについた土を払い落とすと、
次に陥没した鼻を摘まんで引っ張り出す。
盛大に鼻血が噴き出るも慌てず騒がずハンカチを突っ込んで栓をし戦列へと戻る。

「…頑丈な奴だな。
 てっきり死んだと思ったんだが」

「うるせーぞ、ちょいと油断しただけだ。今から本気出す!」

Re: ロシア、エルミタージュ美術館 - 夜空屋

2013/05/11 (Sat) 22:10:01

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮屋上、北西部
  魔女の茶会、リライ・ヴァル・ガイリス


「SAver、ね。この結界を張ったのはソイツか?」

 ビルクレイダの問いに頷く。
 SAverという存在はともかく、名称程度ならば問題ないだろう。必要以上に情報を渡さないように吟味し、言葉にしていく。
 それにSAverの情報を流すということは、少なからずトリアへの嫌がらせにもなる。本当に嫌がらせ程度だが。

「私はSAverを生み出す存在と敵対してるの。……ティミッドさんは、見てるよね?」
「……あれ、SAverっていうんですか」

 リライの言葉は正確には少し違うのだが、ここでわざわざ訂正することも無い。
 それに、リライも似たようなものを作り出せるのは──余計に言わない方がいいだろう。

 おそらくはネークェリーハを思い出したのだろう、苦い顔をしたナオキングを見て、リライは続ける。

「そう、セイフォートの発展型。ただしセイフォートシリーズとは思想からして根本的に違うけどね」
「あ? そうなのか?」

 疑問の声を投げかけたのは神野だ。
 セイフォートの骨を持つ神野は、SAverネークェリーハを見た時、「セイフォートの一歩先」だと言った。
 それが根本的に違うということ。そもそものスタートラインが違えば、その一歩も大きく違うことになる。

「詳しい説明は省くし、私も全てを把握しているわけじゃないから推測が入るけど……。
 セイフォートシリーズが目指したのは『魔法のランプ』なの。それも回数無制限の」
「……は?」

 リライの言葉に、その場のほぼ全員──相変わらずのシュトルーフェと、もはや話についていくことも諦めたニーズヘッグ以外──が、思わずそんな声を出した。
 リライは構わず続けて、

「対してSAverは、一言で言うなら、『ただの兵器』。持ち主がトリガーを引けば、その通りに動くだけのロボット。
 ……魔法のランプで出来たはずの何もかもを、全て『戦うこと』にした、バカみたいな産物。
 救済者なんてアイツは言ってるけどね……ただの人形でしかないんだよ」

 侮蔑と憎悪が混じった声で、淡々と吐き出すように呟く。

「……なんかスゲェ話になってきたが。魔法のランプ? 三つだけ、なんでも願いを叶えるってアレか?
 セイフォートって……SFESの生体兵器って聞いたことはあるが、そんなトンでもないモノなのかよ?」
「つーか俺がその生体兵器なんだけどな」
「え」

 ビルクレイダの疑問に神野が手を挙げて答えた。
 そこにハインツが補足を入れる。

「正確には神野はS-Bone、セイフォートの骨だよ。
 セイフォートシリーズは生物のパーツをモチーフにしてて、その部位に対応した能力が使えるのさ。
 たとえばS-Lung──セイフォートの肺ってやつだけど、コイツは『息を吸うように周囲の力を吸い取り』『息を吐くように解き放つ』能力、『周囲の生物の呼吸を制限する』能力を持ってた。
 何よりとんでもないのは、時間をかければ能力がもっと増えてた可能性もあるんだよね。たとえば『吐いた息が毒になる』とか」
「マジかよ」
「僕は偽情報は流さないよ?」
「……微妙に信用できるのがタチわりぃな」

 舌打ちするビルクレイダにハインツがドヤ顔を向け、逆に銃口を向けられて土下座するまで約二秒半。

「とにかく時間はあまり無いよ。SAverの狙いはこの美術館に眠るアーティファクトに間違いないから」
「……そうだな」

 ビルクレイダは一瞬考える素振りを見せ、

「いいだろう」
 了承した。

Re: ロシア、エルミタージュ美術館 - イスリス

2013/05/17 (Fri) 21:47:22

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮3F、超古代火星文明収蔵品倉庫
  ドゥネイール、アルベルト・ジーン
 

「! …ッ……こいつっ!」

壁を透過して乱入して来た異形・リディアの奇襲が綺麗に決まってしまう。
開口と同時に発生した引力は、アルベルト達の意識、記憶、生命力さえも少なからず吸い取り、
反応の遅れたアルベルトがリディアの攻撃範囲より身を隠さんと木箱の陰に逃げ込んだのは、
増大する引力に左脚の肉を捲り上げられた後の事だった。

「何をやっているんだ!」

リディアの吸引により暴風が吹き荒れているような状態と化した室内でデルキュリオスが叫ぶ。
アルベルトだけ回避に遅れた理由…
例の『卵の化石』を抱えて来た故の負傷を治さんと、掌に癒しの力を込めてアルベルトの脚に翳すも、
アルベルトは必要ないとばかりに其の脚で立ってみせる。裂傷どころか其の痕も見当たらない。

「D-キメラの回復力を見縊るな。
 其れより、この化石は明らかにアーティファクトの一つだ。
 まずは化石を上に送り届け…」

…やはりD-キメラのアルベルトと紅葉は、この化石を特別視しているのだろう。
己の起源に纏わるものかも知れないという予想がそうさせるのか、冷静さを欠いている。

「いい加減にしろ!
 このバケモノを始末する方が先だ!」

デルキュリオスは、まだ吸引を続けて室内を荒らしているリディアを見遣る。
最初、デルキュリオスはリディアを、ロシア軍の生体兵器かとも思ったが、
施設や美術品は徹底して傷付けないようにしているロシア軍と異なり、
口腔の直線上にある全ての木箱を荒々しく吸い込み、
其の過程で美術品がバラバラに砕けて行く事など気にも留めていないリディアの異質さに気付く。

「おなかへったの
 のどがかわくの
 たりないのぜんぜんたりないの
 みたして
 ちで
 にくで
 ちでにくでちでにくでちでにくでちでにくで
 みたして」

略奪者を語る際には或る種の定型が存在する事を認めても良いかもしれない。
強欲、貪欲、傲慢(自分勝手)、無知。

人間は群れの強みを最大限に生かして地上の覇者となった。
其処に必要とされたのが、群れの結束の強化…社会性、法(ルール)の徹底だ。
群れのシステムを効率的に機能させる為のルール。
汝殺す勿れ。奪う勿れ。犯す勿れ。
群れのルールを侵害する者は群れのルールに守られない。
群れより排斥され唯の無力な餌と成る。

「調子に乗るなぁああなの!」

紅葉が咆哮と共に力を解放し世界を凍結させる。
口を開いたまま歩いてアルベルト達を探し回っていたリディアが、紅葉の能力に捕らえられ一切の動きを止めた。
時間停止と同義の其の力がリディアにも通用すると知り、すぐに片付けようと武器を構えるが…
凍結中の…動く者は紅葉だけの世界で、あり得ない光景が広がっている。
リディアそのものはピクリとも動かず完全に彫像と化しているというのに、
大きく開かれた口腔へと空間が撓むように流れ込み、吸引力は何ら失われてはいなかった。
エインヘルヤルとの戦いで空間凍結が絶対ではない事を思い知らされた紅葉は、
空間凍結にさえ縛られない暴力を思い知る事となる。いや、其の暴力を思い出す。

「セイフォート…?
 ! まさか!」

スダルサナを投擲しようとするも、自分自身も吸引の対象となっている事に気付き、
食われてなるものかと攻撃を中止、両手を接地させ爪を立てて抗うが、恐らく床の方が先に根を上げてしまう。
止む無く空間凍結を解除し、アルベルト達の助けを請うのだった。
彼女の能力は頭抜けたものではあるが、群れの助力を得られなくなるという欠点もある。
一人で勝てない相手にはどうしようもない。

「どうも…先のマシンといいコイツといい、
 此処の敵は今まで通りとはいかないみたいだな」

リディアの左側面下部にデルキュリオスの魔剣アポクリファが突き刺さる。

「だがマシン共よりは始末し易そうだ」

次いで右側面上部にアルベルトの魔剣グラムが刺し込まれた。
意にも介さず吸引を続けるリディアの体に、2本の魔剣が交差した直線を描いて四つに断ち切る。
リディアの体内にあった吸引力が霧散し、
吸い上げられていた木箱や木片、美術品が其のまま空中に静止…
やっと自らが再び重力の支配下へ戻った事に気付いたように床上へとグチャグチャに落下していった。

「思ったよりも弱かっ…」

「まだなの!
 こいつはネークェリーハと同じ『発展型』なの!」

剣を収めようとするデルキュリオスを紅葉が制する。
4分割されたリディアなどもう何処にもいない。
切断面から粘つく糸のようなものを無数に出して体を結合し、
僅かに残った傷痕すらも溶け合うようにして無くなってしまった。

「たりない
 おなかがふくれない
 まだたりない
 たべたりない
 もっともっともっともっと」

ドルヴァーン・ドラグスクがツァールスコエ・セローのエカチェリナ宮殿で暗に述べた様、
人間の欲望に限りなど無い。
生きている以上、誰もが何某かの渇望を常に抱き飢えている。
満ちているか否かを問う事に大した意味は無く、
其の根本は…
飢えを満たす為、どれだけ他者を食い物に出来るかどうかと言う事である。

凡そ一般的な家庭で育てば誰しも親に負んぶに抱っこな…他者に犠牲を強いる時期があるが、
其れに憤り育児を投げ出すような者は親として失格の部類に入る。
一般家庭での話とすれば、育てられないのならば産むに到るような真似をしなければ良かった。
だが其の蚕食があまりにも行き過ぎれば穀潰しの汚名は避けられない。
犠牲の上に成り立つ胡座を何処まで続けるのか、何処から犠牲に対し義憤を燃やすのか。
何処までなら他人に施しをすべきなのか。何処までなら自分の権利を主張して良いのか。
これらの絶妙な匙加減で人類は社会を、ルールを、倫理を成り立たせている。
いや、成り立たせているように見せている。

「!?」

リディアの口唇の一つが窄められたかと思えば、いきなり紅葉の目の前に肉の壁が現れた。
果たして紅葉は其れがリディアの口より伸びた疣だらけの舌である事を理解出来たのか、
恐らく出来なかっただろうが兎に角、危機を察知して空間を凍結、飛び退くだけの時間を確保する。
今回の判断は正しく、リディアの舌にある疣が破裂して、反り曲がった刀を幾つも生やす。
空間を凍結させて避けていなければ、あれで全身を貫かれて口内へと運ばれていたのだろう。

「ネークェリーハの同類?
 こいつが?」

確かに異形と化したネークェリーハに似た無尽蔵な生命力をアルベルトは感じ取る。
だが、もし本当にそうだとするなら…
其れ以上を考えるより先に、アルベルトがリディア周辺の空間を掌握する。
空間使いであるアルベルトの必殺の業、詰まり空間ごと相手を潰す。
ネークェリーハ相手にはサイズ差もあって効果的に使えなかったが、このリディア程度ならば全身余す事無く潰せる。

「もし本当にそうだとするなら、
 俺達には奴を葬る術が無いという事にならないか?」

ネークェリーハを封じた封印師が、今此処にはいない。
現時点に於いてドゥネイールが確認している封印師はレシル・ローゼンバーグただ一人。
となればエインヘルヤル同様、交戦が無意味な手合いかも知れ無いのだが、
だからといって早々に諦め逃げに徹するのはアルベルトのプライドが許さなかった。
何もせずに他人任せなどとんでもない。
打てそうな手は全て打って…其れでも駄目な時にこそ手を借りる。其れがアルベルトの考えである。
足止め程度にしかならないかも知れないと思いながらもアルベルトはリディアを空間ごと潰す…
…はずだったが、一手遅かった。
開かれたリディアの口周辺の空間が撓むさまを見て、
アルベルトは紅葉の能力がリディアに通用しなかった理由を悟る。
「たべなきゃしぬもの
 だれもたべさせてくれないならてあたりしだいたべるしかないじゃない」

「(…私の支配空間そのものを吸い込んでいる……ならば!)」

リディアに容易く歪められている空間とは異なるアルベルトの不撓不屈の精神は、
更なる攻撃…即ち口以外の箇所に対する空間圧縮を間髪入れず実行に移させる。

社会を、ルールを、倫理を成り立たせているように見せている…
詰まり其れは成り立っているとは言い難いという事だ。
ニコライ大佐が言及した様、不完全な世界であるが故、世界は完全なる正しさを拒む。
不完全な世界の不完全な人間の生み出した不完全な社会は、完全なる正しさを拒む。
人が移ろうモノ故に。社会が移ろうモノ故に。世界が移ろうモノ故に。
歪みは淀んだ流れを生み出し濁った汚水を流布し、
人々が語る真っ白な理想の世界を、ドス黒い闇色に塗り潰して現実との齟齬を明白にしていく。
群れの巨大化・複雑化・不安定化に伴い、
群れの中に居ながらにして群れより溢れた者…
ルールの支配下であるにも関わらずルールに庇護されない者が生まれる。
ルールが唯の足枷にしかならない者達が生まれる。
たとえば、このリディアのような。
アルベルトの読みは正しく、リディアは口内と其の直線上には滅法強いものの其れ以外の箇所に対しては脆弱だった。
リディアはあっさりと口以外を空間ごと潰される。
だがそもそも、このリディアという異形は口に手足がくっ付いたというべき体型であり、肉体の大半は無傷のままだ。
脚を失って倒れこみはするが致命傷には程遠いし、そもそも攻撃の手を止められた訳でもない。
「!?」
背後から斬り掛かったデルキュリオスの剣は、リディアに突き刺さり床へと切っ先を付けるも、
先の攻撃の際に感じられた手応えが、今回は全く感じられない。風を切ったかのような感触…
リディアがこの部屋に来た時と同様、剣を透過しているのだと気付いた時には、
異形の舌先がデルキュリオスの肩近くで爆ぜて無数の曲刀を突き出す。
「ッぐ!!」
右胸を貫かれる。
何とか脱出せんと刃を引き抜こうとするが…反しとなった刃はしっかりとデルキュリオスを捕らえて離さない。
紅葉とアルベルトが共に空間を制御して活路を見出そうとするが、させじとリディアの残り3つの口から放たれる舌が2人の意識を掻き乱す。
其のままデルキュリオスが引き摺られて食われるかと思われた其の時、
天井が砕けた。
「ひゃあああらあああああああああっ!!!」
屋上の神野だった。
今度は自分が不意打ちを食らう形となったリディアは、
瓦礫と共に降下して来た神野の蹴りを眼球に食らい、粘着質な汁を撒き散らしながら倒れる。
また其の衝撃で自分の舌を自分で噛み切り、デルキュリオスを解放してしまう。
「お前…神野……だったな、どうして此処に」
「何だ、まぁたお前らか。
 ネークェリーハの時といい、お互い変なのに縁があるみたいだな?
 …話は後だ。まずはこのゲテモンを頂かせて貰うぜ」
デルキュリオスが回復魔法で己を治癒するも、
胴体が分断されるかどうかという程の負傷はそう簡単に塞がらない。
比べてリディアの方は既に眼球も舌も修復を終えて、神野の方へと向き直る。
「ちからあるひとはたべものひとりじめしてばかり
 ちからないわたしたちはいきていくだけでいっぱいいっぱいなのに」
「どの口がホザいてんだ、このバカ?
 …あ、マジでどの口だ? 4つもあるじゃねぇか。
 口減らせよ。1つにしてから物言えや」
ルールの内側で生きる事に限界を迎えた其れらは、ルールの外側で生きる道を歩む。
其れを咎める事を、どうして『溢れざる、ルールに庇護される者』が行えようか。
故に彼等は先の、強欲、貪欲、傲慢、無知とセットで同情票の如きキーワードを用いる。
『貧困』。
貧困こそが元凶であり、貧困故に諸々の悪徳が顕われたという考え方である。
人貧しくては智短く、馬痩せては毛長しという訳だ。
其処に行き着くと彼等に対して語るものは最早無くなる。
何故なら…人々は犠牲の計量を良く心得ているからだ。
美辞麗句が胃袋を宥めた例など古今東西何処にもありはしない。
非常に貧しい『住む世界の異なる』者達は人々の思考から外れ、統計学者或いは作家が扱うモノとなり果てるのみ。
概ね人々は此処で貧者への思索を打ち切り、残りは政治への追求に移るだろう。
だが哀しい哉。
改善と完全はたったの一字違いではあるが、
不完全な人間の参画する不完全な政治が築く不完全な社会は、其の一字を決して変えられない。
そして求める人々の欲望は底無しであり決して満ちる事は無い。
諦観と慣れによって耐え馴染むのみ。
「せっきょうするならたべものちょうだい」
体を保つ為に食べる。
活力を得る為に食べる。
備える為に食べる。
これらと隔絶される娯楽としての食…楽しむ為に食べる。
これに到れぬものは文明と呼ぶに値しない。
即ち、リディアにとって…リディアの目線に於いて、この世に文明など存在していないも同義。
然らば…暴飲暴食何ら罪に非ず。
罪を規定せし文明社会の不在故に。
 

一切合切御咎め無し。
 

 

『流れ』の随(まにま)に。

Re: ロシア、エルミタージュ美術館 - 夜空屋

2013/05/18 (Sat) 21:54:26

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮屋上、北西部
  ニコライ派、ビルクレイダ・ヘクトケール



 ハインツの「この状況をどうにかするために協力する」という脅迫染みた提案にも乗る形になるのは癪だが、この大結界を張ったSAverとやらの狙いが『白い秤』だというのは聞き逃せない情報だ。
 ……何故、この美術館にアーティファクトが眠っているのを知っているのか、その他にもリライと呼ばれた少女への疑問は尽きないが、今は置いておく。
 正直、SAverの尋常じゃない気配はビルクレイダも少なからず感じ取っていたし、この状況下で戦力が増えるのはありがたい。
 信用は出来ないが。

 一応今までの会話はニコライ大佐たちにも伝わっている。
 恐らくニコライ大佐も同様の判断を下すだろう。正体不明のグループとはいえ、相手の目的がSAverでそちらに集中してくれるなら、こちらも『白い秤』の確保に専念できる。
 ただでさえこの密閉された空間に極悪な耐久力を持つ敵が大量にいるのだ。

 と、ここでその極悪な耐久力を持つ敵の一つ、LLの制御をしている、現時点で抹殺最優先対象のハインツが不審な動きを始めた。

「うんうん仲良きことは美しきかな。……さすがにジョークだけどさ。
 さて、僕もちょっと手助けしようか。僕にも生かしておく価値があることは見せておきたいからね。
 よーし、プログラム書き換えスタァートッ! ふふはは、電波良好だぜ」

 こめかみに指を当て、奇声を発しながら薄笑いを浮かべるハインツに、ビルクレイダは容赦なく拳銃を向ける。
 が、ハインツはそれに動じず、

「よし、プログラミング完了。これでLLと死鬼森の攻撃対象はロシア側に書き換わった。双子ちゃん書き換えられなかったのは厳しいけど……、
 ん、なに、その拳銃。やめてくれよー今僕君のところに味方しただろー?」
「今お前を逃して、またあのバケモノがこっちに襲い掛からねぇとも限らない。だろ?」
「まぁそうなんだけどさ。でもすぐに効果のほどは実感できるんじゃないかな?
 なんならそれまでビルクレイダ君、僕を見張っててもいいんだぜ?」

 これまで以上にハインツに殺意が湧いた。
 おそらくハインツの言葉は本当だろう。もしLLがニコライ側を襲ったならば、すぐにでもその脳天を撃ちぬけばいい話だ。
 だがLLがロシア側を襲ったのならば、それは凄まじい戦力になる。無限増殖し、いくらでも形を変える肉のスライムは、はっきり言って反則にもほどがある。
 ハインツが己の命を最優先にするならば、自殺するような真似はしたくないはずだから、ビルクレイダが見張っている限りはハインツはLLをニコライ側に襲わせない。
 しかし先ほどビルクレイダが指摘したように、LLがロシア側を襲い始めたとして、ビルクレイダが安心してハインツを視界から離して、また再びニコライ側を襲い始めないとも限らない。

 ……ならば、ここでハインツを始末するべきだろうか、とも考えたが、リライと名乗った少女の率いるチームが厄介すぎる。
 戦力未知数の手合いが、ハインツを仲間に加えたいという。もしここでハインツの始末に動こうとすれば、邪魔される可能性は高いだろう。
 ビルクレイダ一人でこの人数は厳しすぎる。ナオキングがリライと何らかの関わりがあるならば、戦力には数えられない。

 結論。ビルクレイダはこのままハインツの監視をしなければならない。

「……貧乏クジ引いたか」

Re: ロシア、エルミタージュ美術館 - イスリス

2013/05/27 (Mon) 22:32:25

  白き翼、リヴァンケ

 
「欧州各地の間諜より、
 ドイツ、フランス、トードストールの情報機関の動きが活発化したとの報告が上がりました。
 異常にガードが堅く、仔細な情報は得られなかったものの、
 明らかにレーダー破壊の件を無視して動いており、
 欧州が…何かを嗅ぎ回っている事は確実と思われます」

オペレーターは咄嗟に『何か』と極力憶測を排除して報告したものの、
告げられた事実が何を意味するかなど、
眉間に皺を作ったリツィエルでなくとも容易に理解出来ようというものだ。

「…このタイミングでか。
 総帥、察知されたか内通者を疑うべきです」

情報機関の活発化は問題無い。
白き翼の手の者がレーダーを破壊した事で情報収集に動くのは当然の話だ。
が、事の発端を無視し、
白き翼にも探れないレベルの嘗て無い厳重な情報統制を徹底し、
しかも欧州の3大国が其れを同時に行い何かを探すなど…
もう見付かったと看做す他無い。

「リッツ、内通者なんざいやしねぇさ。
 察知されたと見て良いだろうぜ」

静かに…其れでいて確固たる意志で以って入嘴するジュネーヴァ。
今は亡き闇組織SFESは比類なき規模を誇ったが、
其の人数の多さ故に結束を欠き内部分裂を誘発させてしまった。
白き翼は規模こそ及ばぬものの戦力、技術、情報力に於いては遅れを取っておらず、
数の暴力SFESに対し、少数精鋭の白き翼と言っても良い。
そして其の忠誠心もSFESとは比べ物にもならない。
SFESは活動の際に生じる数々の不都合を、人脈と金で解決していたが、
言い換えれば、金で動く程度の関係でしかない者も多数抱え込んでいたという事だ。
SFESは巨大な闇組織と言う形で裏の世界で知られ恐れられる存在だったが、
言い換えれば、結局のところ自分達の姿を完全には隠せなかったという事だ。
比べて、白き翼は組織の実態を近年に到るまで隠す事に成功しているし、其の上でSFES並の力を持てたのだ。
其の点も白き翼の結束の強固さを証明していると言えよう。

「オレ達は永遠のプレーローマに到る為に此処(白き翼)にいる。
 ルーラーの手掛かりを見付けた今になって、裏切るなんて真似は…」

これまでの結束に疵一つありはしないと主張するジュネーヴァだが、
彼の元執事でもあるランディナスは異なる主張を上申した。

「いえ、解りませんよジュネーヴァ様。
 確かに私達の『流れ』はそうですが、異なる『流れ』の者が潜んでいるかも知れません。
 ブレインスキャニングもCAPT隔離検査も万能ではありません。
 今一度組織を洗い直す必要があるかと」

「ああ、其れに…今だからこそかも知れない。
 LWOSがルーラーのセンサーを独占し、更に箱舟の修復を終えた今だからこそ、
 白き翼を裏切ってでもLWOS側に付きたいと考える奴がいるかも知れん」

心配性のランディナスに、冷徹なリツィエルらしい意見ではあるが、
あまり想像したくないものでもある。
マーズ・グラウンドゼロの一件でLWOSが優位を得たのは紛う事無き事実。
閉鎖空間での顛末を理解し、センサー『フライフラット・エース』を入手し、
白き翼に対しても、かなり高圧的になってきた。
火星の閉鎖空間内で失踪した幹部4人の消息情報を出し惜しみし、
恐喝染みた馬鹿げた提案さえ持ち掛けてきた。
そんな現状を見て、白き翼は落ち目だと考える団員が現れ、
己が組織を捨てて各国やLWOSに取り入ろうとしている……
白き翼にとって最大の恥部・悪徳の発現とでも言うべき展開を想起し、
其のSFESの如き醜さ・不忠振りに、顔から炎が出そうな気分となる幹部衆だったが、
何れにせよ憶測の域を出ず、一先ず橋渡し役は暫く大人しくさせた方が良いだろうと結論する。

「間諜は潜伏を。指示あるまで下手な動きは控えるように。
 其れとロシュフォール本部を廃棄します。可能な限りの証拠隠滅を御願いします」

組織・白き翼は元々特定の拠点を設けず、
半ば流浪に近い形で世界中のエンパイリアンと接触…吸収し其の影響力を強めて来た。
セレクタのミスターユニバースとドイツ大統領ムーヴァイツレンの仲立ちも、
そういった長年の積み重ねがあってこそ実現出来た芸当である。(これからはドイツにも近寄れなくなりそうだが)

今でこそ、白き翼の保有する最大の遺産ビフレストを隠す為、
ロシュフォール公国を本部として支配してはいたものの、
欧州に気取られた可能性が見えたからには拘るのも危険と判断し、
ビフレスト起動を良い機会だとばかりに、白き翼の本部機能移転を図るのだった。
この軽快な機動性こそが組織最大の強みであろう。
其れに、これは或る程度は覚悟していた事でもある。 

「ビフレストを新たな本部にする積りか?」

「ええ。そろそろ潮時だとも思いますしね。
 昨日のリガルエからの報告は御存知でしょう?」

破滅現象激化時に組織LWOSはSFESと戦争状態に突入し、深手を負って敗退…
SFESの参加に収まるという屈辱を味わってしまった。
敵対組織の技術者達が派遣され、壊した者達の身内によって箱舟の修復が進められた…そんな矢先、
リゼルハンク本社が崩壊した。
バルハトロスはこれ幸いと、行き場を失った技術者達を逆にLWOSへと取り込み、
雪辱を晴らした上で組織強化にも繋げたのだ。
そして其処にマーズ・グラウンドゼロが加わり、LWOSの圧倒的な優位が生まれた。
…監視員リガルエが寄越したLWOS拠点『箱舟』改修完了の情報と、
SFESの技術も加わって新生した『箱舟』の資料を見たリヴァンケは、
遅かれ早かれLWOSとの交戦は避けられないと確信した。
何故なら改修された『箱舟』の予想スペックは、
明らかにSFES以上の何か…対白き翼…否、対トルさえも想定しているかのようなものだったからだ。
バルハトロスが果たして対トルに関してのみ、其の武力を振るうかと、
リヴァンケはカーデストに問うたが、彼は失笑で以って明確且つ的確な分析を示した。
「成程。LWOSを警戒しているのですね」

「いずれLWOSが牙を剥いてくるでしょう。先手を打っておいて損はありません。
 念の為、針路をヘルウェティア宣約者同盟に変更。
 ハプスブルク・エステルライヒ、旧ハンガリー経由でロシアのサンクトペテルブルクへ向かいます。

「旧ハンガリー…ですか?
 神聖チェコスロヴァキアからポーランドを抜けて海上に出た方が無難では?」

「あそこはアメリカ臭くて敵いません。
 レーダーを潰したとはいえ、近寄るのは軽率というものです」
リヴァンケはアメリカを警戒していた。
ユリアンと仙人カイト・シルヴィスとの接触に便乗して来た以上、
最早、アメリカを部外者と看做すのは無理があるし、
白き翼の諜報力を以ってしても探れなかったヴァストカヤスク・サミットなどの不安要素が多々ある。
デリング大統領がエンパイリアンなのか、或いは別のエンパイリアンが絡んでいるのか…
兎に角、アメリカを軽くは見れないと考えていた。
LWOSの次程度には。

Re: ロシア、エルミタージュ美術館 - イスリス

2013/06/01 (Sat) 06:55:16

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮1F、冬宮中庭

 

 
折角の増援も、たったの3人では六反田を始末する事も叶わず、
攻め倦ねている内に、とうとうカーデストの陣地は崩壊の刻を迎える。
白き翼の戦闘員はエインヘルヤルの群れに飲み込まれ、
リ・アルクバリスタにまで到達したエインヘルヤルが、
其の砲身を踏み付けて射線を地面に向けてしまう。
だがカーデストは既に陣地に見切りを付けており、
エインヘルヤルが砲身を踏むタイミングに合わせて自身もリ・アルクバリスタの上に飛び乗り、
一人では為し得ない程の跳躍を実現した。

「(3人で落とせないなら、俺も加わるまでだ!)」

ロングコートを巻き取り、アルマジロの甲羅のように張り付かせて回転しながら、
カーデストはエインヘルヤルの群れを飛び越え、中庭中央部の菩提樹に着地する。
間髪入れず敵の砲口が一斉に向けられるも、カーデストの方が素早く、
一撃で菩提樹を割る程の脚力で再び跳び出す。
ディーカヤ・コーシカ達も何とかカーデストを射殺さんと銃を構えて見上げるが、
冬宮中庭の天井と化したミルヒシュトラーセの放つ光に目を向けられず、
中途半端な防衛ラインをあっさりと抜かれてしまい、オセロットとの接触を許してしまう。
宙を駆けるカーデストの両手には白い杭と黒い杭が握られている。
彼の能力によって生み出された専用の武器だ。

「そうだな。
 エインヘルヤルを落とすには六反田君を落とさねばならず、
 六反田君を落とすには私を落とさねばならない。
 …行動は読めているよ」

カーデストが空中で放った黒い杭を、オセロットが難なくガンスピンで弾く。
同時に六反田に向かって投げた白い杭もエインヘルヤルの守りを突破する事は叶わなかった。
カーデストの動きも力も、オセロットの対処できるものではないのだが、
行動が先読みされていた以上は、この結果も致し方なし。
油断も隙も無いオセロットらの守りを破れぬまま奇襲は失敗し着地…
土煙を上げながら地面に5m程の線を引いてカーデストもルプルーザ達と合流する。

「よぅ、大将。
 期待に添えなくて悪かったな」

「…いや、4人もいれば充分だ。
 今ので奴の力量は大体解った。
 オセロットだけなら、そこそこ早い奴が2人もいれば問題なく仕留められる」

「だけなら…ですね」

周囲を取り囲むエインヘルヤルの群れを眺めてRBが独りごちる。
これらを度外視して良いなら、そもそも悩んでなどいやしない。

「で、この場を切り抜ける妙案、何か思い付くか?」

「俺が神様ならな」

アリオストが軽い調子で茶化すも、
彼とて事の深刻さが解っていない訳ではない。
一切の攻撃が通用しない機兵の軍団を止めるには、
其の騎兵の軍団を掻き分けた先に進まねばならず、
相手は人間など簡単にスライスしてしまえるレーザーを装備している。
これに対する防御手段もまた存在しない。
…深刻さが解っている故に、もう笑うしかないという事なのだろう。

「まぁ…やるだけやってみるしかないだろう」

「…割に合わないぞ、この仕事。
 こりゃ報酬にもっと色付けて貰うしかないな!」

「借金の10分の1くらいは返済を期待しております」

闘志は萎えていない。
だが、皆無とまでは言わないものの勝率の低さは如何ともし難く、
其れは気力どうこうで埋められる域に無い。
圧倒的な敵兵の数…
一騎当千の猛者でさえも戦争の流れを単機で変えるには至らない。
二本しかない腕、二本しかない脚、二つしかない眼球、
そして其れらでカバー出来る程度…其れが一人の力が及ぶ範囲なのだ。
物量作戦は組織SFESの得意とする所であり、
一騎当千を体現する白き翼の一員たるカーデストは軽んじていたが…
今回は其の脅威を身を以って知る事となった。SFESの遺児たる六反田によって。

「死を恐れぬか。良き兵(つわもの)共だ。
 ならば妾も敬意を表し、無粋なる容赦など抜きにして打ち倒してやる。
 其の方らの身は滅べど御魂は英霊として天の館に招かれるであろう」

そして六反田も、圧倒的優位を得ようとも驕り慢心する人間ではなく、
中庭の全ての兵力をカーデスト達の包囲強化に回し、一層強固な防衛線を構築しに掛かる。
速やかに六反田やオセロットを排除出来ない以上は逃げて機を伺うべきなのだが、
押し寄せるエインヘルヤルの群れは、そんな甘い考えを許してくれそうに無い。

「破れかぶれだな」

そんな折、中庭の北にある冬宮北口から肌色の肉塊が迫出してきた。
ニコライ派にとって一番の障害となっているLLまで来てしまったかとカーデストは舌打ちし、
これ以上遅れて一か八かの勝負さえ出来なくなってしまう前に腹を据える。
併し、彼が無謀な突撃を指示するよりもLLの方が早く動いた。
カーデスト達は幸運を喜んでも良いだろう。
早とちりせずに済んだのだから。

「!?
 これは…」

LLの触手…というにはあまりにも太くて長い肉塊がエインヘルヤル達を薙ぎ払っていく。
其れは一直線にカーデスト達の方へ突き進み、
身構える彼等の眼前にて止まるや否や左右に分かれる。
海を割ったモーゼの如く、カーデスト達を囲む鉄壁の包囲網の一角をあっさりと崩し、
冬宮北口への道を彼等の前に築き上げた。

「どういう事でしょうか?」

「どうだって良いだろ! 今の内だぁ!」

同士討ちかと首を傾げるRBに、
考えている場合かとツッコミを入れながらアリオストが北口に向かって駆け出す。

「…まぁ、仕様が無いか。
 北口前で立て直すぞ!」

中庭の転送ポイントは護らねばならないが、
六反田を片付けられない限りは転送も何も出来たものではない。
まずは六反田を安全且つ確実に倒す為、態勢を整えなければ全滅は必至だ。
エインヘルヤル達が寄れぬようLLが壁になってくれている現状は、立て直しを図る絶好の機会であり、
これを逃す訳にはいかぬとカーデスト、RBがアリオストに続いて北口へと駆け出す。
何故いきなりLLがこのような行動に出たのか、罠ではないのかとルプルーザは二の足を踏むも、
一足遅れで入ったニコライ大佐からの通信で状況を把握出来た。

《ルプルーザ君、例のハインツが我々に協力してくれるそうだ。
 中庭に異形を1体を寄越してくれるらしいから、増援が到着するまで共に時間を稼いでいてくれ》

「…援軍……ですか」

エインヘルヤルを自らの体内に取り込んで無力化していくLLのグロテスクな姿を、
複雑な心境ながらも頼もしいと感じながらルプルーザが呟く。
このバケモノが味方だというのなら、時間稼ぎどころか中庭攻略も為し得てしまえそうだ。

 

 

 

 
「ユニット01…裏切ったのか」

「まずいな。
 エインヘルヤルとて飲み込まれてしまえば無力化されてしまう」

予想外の敵増援に流石のオセロットと六反田も驚きを隠せないでいる。
此処まで膨張させてニコライ派を圧倒できるまでの怪物と化したLLが敵に回る…
厳密には異形部隊ザロージェンヌィエ・ポコーイニキを管理しているユニット01ハインツが敵に回った訳だが、
曲がりなりにも実戦投入される程に調整された生体兵器が裏切ってくるなどとは思いもしなかった。

「あのLLめの膨張は結晶能力に由来するものだ。
 エインヘルヤルでは止められないのか?」

「ミスリル装甲に触れている箇所こそ膨張を止められるだろうが、
 皮一枚止めてどうする? 其の下の肉が膨れ上がっていくだけで何の意味も為さん」

「……ふむ、では裏切り者を粛清する必要があるな。
 …六反田君」

オセロットの言わんとする事を瞬時に察し、六反田が扇子を広げた。
扇子型の携帯端末は片面がディプレイとなっており、エインヘルヤル達から送られてきた情報を処理できるようになっている。
「1分前、64番が冬宮3階外壁で確認した。
 屋上の戦艦に移動していると見てよい」

「同志キュア・スターリン、裏切り者を直ちに粛清しに向かえ」

いきなりオセロットに指名されて狼狽えまくるキュア・スターリン。
今まで超人達との戦闘に全く付いて行けず、背景同然になっていたのだから無理もない。
「わ、私がですか?」

「遊兵を置いておく理由は無い。
 ハインツくらいのスペックなら君でも充分対処できるはずだがね。
 ……怠慢は同志にあるまじき悪徳…違うか?」

銃口をチラつかされたキュア・スターリンに異論を申し立てる余地など与えられはしなかった。
あひぃ~とか言いながら、エインヘルヤルに半ば担がれる様にして南口から中庭を後にして行く。

「今度は我々が防戦か。
 中々に波乱万丈な事だ」

Re: ロシア、エルミタージュ美術館 - イスリス

2013/06/09 (Sun) 19:06:25

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮屋上

 

 
ディーカヤ・コーシカの生き残り達がエインヘルヤルを盾にしつつ隙間から銃撃を繰り返す。
5人のディーカヤ・コーシカ、10機のエインヘルヤルは、
戦艦ミルヒシュトラーセにすっかり均されてしまった冬宮屋上北西部で、
標的である裏切り者ハインツを発見し、其の始末に全力を注いでいた。
このディーカヤ・コーシカ達は、今まで生き延びただけあり部隊の中でも精鋭の類である。
彼等は振り向く事無く正面のハインツとビルクレイダ、
そして彼が仕掛けたブービートラップにのみ全神経を集中している。
…当然といえば当然だろう。

「ウラウラウラウラウラァ!!
 進みなさい! 勝利の女神がパンモロで誘ってますよ!」

そんなディーカヤ・コーシカの面々の後方にて激を飛ばすのが、
罰当たりにも勝利の女神を僭称し、
スネ毛の茂る大根足を晒すパンモロ肥満女装コスプレおやぢの醜態という、
血涙ものの現実が其処にあった。

「るせぇ白豚ぁ!
 こっちの女神は全裸でM字開脚スタンバってるっつーの!」

ビルクレイダが叫ぶと同時に、其の口から蜘蛛の群れを吐き出す。
解体屋エリスには通用しなかったがディーカヤ・コーシカ相手に有効である事は宮殿広場で確認済みだ。

「え? もしかして僕の事? 裸エプロンや手ブラジーンズなら考えても良いけど」

「な訳ねぇええ! キメェ事ヌカすなダボが!」

もじもじと、しなを作るハインツを怒鳴りつけるビルクレイダ。
ゲテモノ部隊を操れるのは結構だが、
この鬱陶しい性格はどうにかならないものかなどと余計な事を考えている内に、
彼の下僕たる蜘蛛達は一匹残らず霧散させられてしまっていた。

「…けっ、やっぱ駄目かよクソッタレが」

魔力による擬似生命体である蜘蛛達では、
エインヘルヤルのミスリル装甲によって魔力を拡散され触れる事すら出来ない。
故にビルクレイダはエインヘルヤルではなくディーカヤ・コーシカを混乱させる目的で蜘蛛を放ったのだが、
エインヘルヤルの囲いを突破出来た蜘蛛は、ほんの一握り、
そして蜘蛛達は個々の戦闘力に別段優れる訳ではなく、群れで襲い掛かってこそ強さを発揮する。
…エインヘルヤルを突破した僅かな蜘蛛達ではディーカヤ・コーシカの脅威に成り得ず、一方的に駆除されたのだった。

「Чёрт возьми!」

罵声を浴びせ掛けながらサブマシンガンで牽制しようとするが、
やはり盾役のエインヘルヤルに阻まれ、レーザー砲の反撃を御見舞いされる。
急いでハインツの首を抱え込んで、ミルヒシュトラーセの陰へと逃げ込むビルクレイダ。
流石に対艦レーザー仕様の装甲には歯が立たず、エインヘルヤルのレーザーは悉く防がれるものの、
このままでは防戦一方だ。
事前に仕掛けたブービートラップで足止めには成功しているが、
決定打を与えられない以上は、いずれ詰む。
エインヘルヤル一体くらいならまだ対処のしようもあるが、
こうも数を嵩に来られると、どうしようも無くなる。

「おい、あのバカデケぇので俺達を守ったりは出来ねぇのか?」

「出来るけどさ、LLって『素早く』と『細かく』を両立させるのは苦手なんだよね。
 僕等や戦艦も巻き添えになるくらい素早く動くか、
 僕等を気遣ってスカスカの守りになるかのどっちかだよ?」

「どっちでも無いよりゃマシだ!
 あの腐れメカ共を近付けさせんな!」

「そう来なくっちゃ!
 じゃちょいとばかし派手に行ってみよー!」

ビルクレイダの御墨付きだとばかりにハインツは喜色満面に指を鳴らして見せる。
其れを受けて冬宮北側の外壁にへばり付いた肉塊が、
大結界の中に更なる結界を重ねるかのよう、天に向かって肉色の噴火を一斉に起こした。

 

 
キュア・スターリンはすっかり調子を戻していた。
最初こそ恐れを引き摺っていたが、戦力として与えられたエインヘルヤルの性能は圧倒的だ。
寧ろキュア・スターリンなどいなくても充分ハインツを攻略出来るかも知れない。
…これは美味しい話だ。手柄を独り占めに出来る。
そう考えたキュア・スターリンがキリッの擬音付きで指揮を取り始めるのに時間は掛からなかった。

「このまま裏切り者を粛清し、ついでに戦艦も押さえてしまいましょう!」

欲を出した無能者が辿る道は寓話の世界より一貫している。
気の早い事に勝ち誇って歩を進めるキュア・スターリン達の頭上に、大きな影が差す。
もう暗い時間帯ではあるが、戦艦の光源もある中では違和感を禁じ得ず、
ディーカヤ・コーシカ達が空を見上げようとするのと、影が殺意と共に広がったのは同時だった。

LLの一撃が屋上ごとディーカヤ・コーシカ達を叩き潰す。
何が起こったのかさえ把握出来ぬ内に、エインヘルヤルの半数がLLに取り込まれ、
生身のディーカヤ・コーシカ達に到っては一撃で全滅した。
…と同時に、速やかな攻撃を行うべく勢いを付け過ぎた為、
屋上の一部が陥没した上、冬宮の北方にヒビを入れてしまう。

「あ、やっぱりサイズがサイズだけあって強烈だね。
 僕もちょっと制御し切れないや」

「…俺ぁ弁償なんざ御免だぞ。
 責任全部お前が取れ……よ……?」
ビルクレイダ達は知る由もない。
蓋となっている戦艦の下で、今何が起こったかなど。
冬宮に入ったヒビから何が転がり出たかなど。

Re: ロシア、エルミタージュ美術館 - イスリス

2013/06/16 (Sun) 20:01:26

「司令官も潰したし、次は…」

残敵の掃討に移ろうとした瞬間、ハインツの背後に聳えるLLの肉壁が消し飛んだ。
何事かと思考を奔らせる遑もなく、
レーザーによって空けられた其の穴から、エインヘルヤルが一機飛び込んで来る。

「(…司令官が囮ぃ?
  いや、端から捨てる気満々だったってのか?)」

ビルクレイダが読めなかったのも無理はない。
彼等はキュア・スターリンがハバロフスクでの失態でシベリア送りとなった事を知らないからだ。
其れさえ把握出来ていれば、此処にキュア・スターリンが連れて来られた意味を考える余地もあった。
既に処分が決まった人材を再び駆り出す理由…
命を以って敵の隙を作る。
処分決定前までの知名度を利用して敵の攻撃を誘う。
キュア・スターリン本人にも通知されていなかった役目が其れだ。

「へ?」

呆けた表情のままのハインツの首目掛けて、
エインヘルヤルのヒートブレードが赤熱の軌跡を描いて振り下ろされた。

執筆者…イスリス

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  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮1F、冬宮中庭

 

 
「ちょ…さっきからコイツ何か動きが変だぞ!?」

先程まで正確にエインヘルヤル達の進路を遮り取り込みに掛かっていたLLの肉壁だが、
其の動きが急に緩慢となり容易に迎撃され始める。
動きも鈍ければ狙いも曖昧だ。

「どうやら、ハインツの方も忙しいみたいだな。
 流れを変えられる前に畳み掛けるぞ!」

LL投入で折角、戦況を逆転させられそうになったのだ。
無碍にする訳には行かないとカーデストが身を低くしてオセロット目掛け突進する。
妨げとなるエインヘルヤル達は既にLLによって払い除けられており、
今この瞬間、オセロット達に到る道はがら空きだ。
勝ち目の見える時に動かねばと、ルプルーザ達も其処に続く。

「どうやらキュア・スターリンは役目を果たしたようだ。
 此方としても、この隙は逃せなくてな…悪いが消えて貰おう」

オセロットが拳銃をホルスターへと仕舞い込み、ガンマンの早撃ち宜しくカーデストを待ち構える。
裂帛の気合を込めた咆哮を上げて短期決戦に到らんとした直前…
北側より大きな破砕音が響き渡った。
屋上付近で何か起こったらしく、冬宮北の壁に幾つものヒビ割れが走り、
北側外壁の一部が剥離して落下する。

「…今度は何だっ!?」

当然、ミルヒシュトラーセで蓋をされた中庭からは屋上の様子など見えはしない。
故に彼等の視界に飛び込んできたものは、
壁が剥がれて露わとなった3階の一室に佇む醜悪な異形のみ。
巨大な獣の口に細い手足がくっ付いたようなアンバランスなフォルムをした其の怪物は、
風通しの良くなった其処から中庭へと向き直り、頭頂部の単眼でカーデスト達を凝視する。

「また、みょうちくりんなモンを…
 早くしちまおうぜ!」

ゲテモノ部隊の一員だろうと考え、合流される前にオセロットを叩くよう進言するアリオスト。
併しカーデストが動くよりも先にロシア軍の方が動き出した。
好機を逸したかと舌打ちするルプルーザだが、ロシア軍の行動は彼等の予想と全く異なるものだった。

「総員、退避!」

即座に南口へと退いて行くロシア軍の姿を目の当たりにし、
遅蒔きながらカーデストの総身に悪寒が奔る。

「いただきます」

外見から想像し得ない幼女の声を上げて異形が大口を開く。
喉の奥にある空間の歪みが、カーデストの目には煮え滾る地獄の釜のように見えた。

「離れろぉっ!」

叫んだのはルプルーザだった。
声に反応して我に返ったカーデストだが、見渡せど声の主の姿はない。
だが此処に留まってはマズイと判断してアリオストとRBを伴いロシア軍を追うよう南口に走り出す。

「どうしたんだ!?
 何をンな慌ててんだよ?」

アリオストの疑問に答える者はない。
ただ…ロシア軍が即座に退却した事、異形から感じる得体の知れない気配、
そして何より現状がマーズ・グラウンドゼロの再現である事を知るカーデストは、
この異形こそが、かの火星での災害を引き起こしたものと同じではないかと読み、
万が一を考えて即時退却に踏み切った。

詰まり、判断を間違えなかったという事である。


Re: ロシア、エルミタージュ美術館 - イスリス

2013/06/23 (Sun) 21:01:04

「お、おおおおおおおぅ!?」

南下するカーデスト達の背後から絶え間無く鳴り響く騒音の正体が、
異形の口腔より放たれる不可視の引力により、
まるでハリケーンに吸い上げられるよう中庭の木々が地面から引っこ抜かれていく音と、
中庭に面した壁が崩壊し、元・部屋にあった美術品や調度品が互いにぶつかり合いながら、
異形の口目掛けて飛び込んでいく音である事を確める事など出来はしない。
カーデスト達でさえ足を止めた瞬間、
異形の口への行進に加わり、其の腹に収まってしまうに違いないからだ。
幸い、カーデスト達を妨害しようとする者もいない。
エインヘルヤルを操る六反田も、ディーカヤ・コーシカを統率するオセロットも、
そんな事をしている間に自分達が被害を被るであろう事を理解している。
故にカーデストらの南下は何ら障害も無く達成された。

 

 
  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館前、宮殿広場

 
「なんぢゃこりゃ?」

引力の弱まりを感じて振り向いたアリオストの目に広がる光景は、
凡そ現実味の欠いたものだった。
中庭に進出したLLの部位は影も形も見当たらない。
木々の一本はおろか、土さえも抉られて中庭全体が盆地となってしまっている。
冬宮の壁は南部と西部の1階部分が見事に剥かれており、
不安定になった地面の所為もあって非常に危なっかしい状態だ。
いつ倒壊してもおかしくなさそうだなと沈思黙考するカーデスト達だが、
件の異形が3階から中庭へと飛び降りて来た事で思考を一時中断…
一先ず何処かへ隠れなければならないと南口から館外へと飛び出す。

「洒落になってねーぞ、このバケモノ!?
 あのメカ共が食われるって、どういう冗談だ??」

魔法を反射するエインヘルヤルが為す術も無く吸引されて飲み込まれた…
となれば異形の攻撃は魔力を用いたものではない筈なのだが、其れにしては尋常ならざる威力だ。

「…つーか、ルプルーザって奴は何処に消えたんだ?」

「ルプルーザ様は姿を隠す能力をお持ちだそうです。
 逸早く退避したものと考えられますが…分断されたと見るべきでしょうね」

美術館の外で死体になっている改造マンモスの陰に隠れて待てどもルプルーザの姿も声もありはしない。
『血霧』を纏って姿を隠して退避したまでは良かったのだろうが、
余程動揺していたのか、カーデスト達と逸れてしまう結果になってしまったのか。
だが冷静な振る舞いを見せていたルプルーザに似合わぬミスに、アリオストから疑問の声が上がる。

「…御粗末だな。
 確かにバケモノに対して脅威は感じたが…俺だって其処まで我を失ったりはしないぞ?」

「隠れて怪物を奇襲する積もり…でもないようですしね。
 併し、困った事になりました。
 中には正体不明の異形、外にはロシア軍…
 ロシア軍はもっと遠くに退避したようですが、戻ってくるのも時間の問題でしょう」

其の間に、中の異形を排除するなり、別の場所に隠れるなりしなければ、
ロシア軍が戻ってきて今度こそ蹂躙されてしまいかねない。
最悪、中庭を脱出路にする案さえ破棄せねばならないとカーデストは頭を痛めた。

 

 

 
「タイミングの悪い…
 いや、仕切り直し出来たから良しとするか」

あのままカーデスト達と真剣勝負しても、正直なところ勝率が低かった事は否めない。
其れを糊塗する程、オセロットは頑迷ではなかったし、
異形リディアの乱入による一時退避も前向きに捉える事が出来た。

「ニコライ派は中庭を脱出路にしたかったようだが、
 彼奴が来た以上は難航するだろうよ。
 此処は先に館内の連中を片付けるべきかな…
 六反田君、君はどう思う?」

「………」

オセロットの問い掛けに六反田は答えない。彼の肩越しに目を細めるのみ。
六反田が気付いていてオセロットが気付かないなどという事は有り得ない。
己の背後に突如現れた其れに対しても微塵の動揺も見せないのは、
流石、ディーカヤ・コーシカの隊長だけはあるといったところか。

「瞬間移動能力者か…
 だがニコライ派のフェズキヤ姉弟ではないようだな」

オセロットの後ろを取っていたのはリライだった。
屋上から周囲を一望した為、館外に於ける瞬間移動は何ら問題無くなっていた。

「六反田ちゃんかぁ…
 ねぇ、色々と言いたい事とか、やりたい事とかあるだろうけどさ。
 先にアイツ始末しないと共倒れになっちゃうから、此処は一時休せ……」

六反田の護衛がリライに銃口を向けた。
撃ってもリライには無駄だという認識がある為か、
殺気は一切無く、拒否のジェスチャー以上のものは感じられない。

「…悪くない話だと思ったんだけど?」

「リライ・ヴァル・ガイリス…
 ゼペートレイネめが散々悪し様に言っていたぞ。
 其の方が求めるのは周囲を何ら省みない復讐のみとな。乗らぬ乗らぬよ」

「現実見たら?
 怪獣を前にして、右へ逃げる派と左に逃げる派に分かれて其の場で喧嘩やるの貴女?」

「其の言い分…其の方らは狙われたようだが…果たして妾も同じ条件哉?」

「…へぇ?」

バケモノ…SAverが敵対行動を起こしているのは先ずリライやアルベルト達、人外の力を持つ者。
次に、自らに攻撃を仕掛けたと看做した者、包囲網のロシア軍やワスプーチンなどが其れに当たる。
中庭への無差別攻撃は、外壁が崩れた事を自らへの攻撃と認識した為だろう。
そして六反田は人外の力を持つにも係らずSAverからの攻撃を免れている。
SFESを脱したアルベルトや神野、紅葉、リライ達とは別にカテゴライズされている事を六反田は確信した。
即ち…SFESには攻撃を仕掛けないという制限が怪物にはある。
転じ、リゼルハンクという宿を失ったもののSFESが尚も存続している可能性があると。
「だが妾も混乱している。これはどういう事か?
 SAverが繰り出された以上、
 妾はアーティファクトの守護任務より解任されたと見るべきか…
 いずれにせよニューラーズめに確認を取らねばならん。
 まぁ、此処を去る頃合故に都合が良いと言えなくもない」

Re: ロシア、エルミタージュ美術館 - イスリス

2013/07/01 (Mon) 00:32:48

「私の首が係っているのだがね?」
六反田は一先ず、其の場を捨て置く方針のようだが、
ロシア大統領ラスプーチンよりアーティファクト入手とニコライ大佐の確保を命じられているオセロットは、
俺を見殺しにする気かと六反田に問い掛けた。

「諦めよ。あれは特殊部隊でどうこう出来る相手ではない。
 そしてニコライ派も彼奴を止める事は叶うまい。
 ニコライ派によるアーティファクトの奪取を防げた…其処を最大限に強調し、慈悲を乞うのだな。
 妾も共に出頭し、SFES絡みの事情であると説明しよう」

何やら六反田はSAverの登場について思う所でもあるのか、
落ち着いた様子でオセロットを宥めている。
オセロットもリディアの脅威を理解しているらしく、
額に青筋を立てて歯をギリギリと噛み合わせてはいるものの、
六反田に反論せず項垂れるのだった。
どうにかして神野達への攻撃を止めさせて少しでも状況を有利にしたいリライにとって、
決して悪くはない風向きのように見えた。

「そっちの事情が良く見えないけど…諦めてくれるって事かな?」

リライの問いに、オセロットが応じる。

「……ああ、アーティファクトについてはな。
 だがニコライ派は別だよ。
 あの異形とて奴等を逃す言い訳にはならん。
 テロリスト共と其の協力者には此処で消えて貰う」


--------------------------------------------------------------------------------
  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮1F、冬宮中庭

 
中庭に降り立った異形リディアは周囲を7つの瞳で素早く見渡して、敵対勢力の排除を確認する。
とはいえ、この敵対勢力というのは完全にリディアの勘違いであり、
実際に美術館の外壁を崩したLL=ハインツさえもリディアに対する敵意など持ち合わせてはいなかったのだが、
たとえ真実を知ったところでリディアが攻撃を躊躇う理由など蚊の睫程もありはしない。
弱いから食べられる。其処に理由など無い。
身を以って其の世界を理解していたリディアは、
成程、トリアにとって理想的な手駒となった。
其の思考・行動は群れを成す社会性の動物というよりは、
より原始的…機械的に他を食らい自らを守る其れであり、
意志無き兵隊としての適正は恐らくネークェリーハ以上だろう。

「おいコラ、テメェの相手は俺だっつーの」

神野だ。
リディア目掛けて飛び降り、其の上顎を踏み潰すように着地する。
中央の口を閉じさせられる形となったリディアだが、すぐさま残る二つの口で神野を齧りに掛かる。
先の吸引力を鑑みるに、口腔を向けられる事さえ危険と判断した神野は、
己が体内に取り込んだエネルギーを圧縮し開放…リディアの牽制へと移る。

「『魔王の弾丸<ゲーティア・フライシュッツ>』!」

魔力弾の連射で出鼻を挫かれたリディアに、神野が更に追撃を加える。

「んでもって『魔王復活<ゲーティア>』!
 喰らいやがりゃあぁっ!!」

先程LLに放った其れとは十倍以上もの威力の差がある全力の一撃は、
神野に足蹴にされていたリディアを地面へと減り込ませながら押し潰し、
クレーターと化した中庭の中にもう一つのクレーターを形勢する。
周囲を囲む冬宮の建物が軋みを上げて今にも倒壊しそうな様相を呈するも、
そんな事は何の関係も無いとばかりに、
神野は足下で小さな染みと化したリディアにのみ全ての神経を集中する。
力の胎動を感じ取り、すぐさま神野が其の場を飛び退いたと同時に、
地面に残った染みが一気に広がり、巨大な口を形成した。
縁に牙が生え揃うや否や其の大顎が閉じられ、
何の負傷も遺さないままのリディアがクレーターの中央から這い出て来る。

「じゃま…しないでよ
 なんの『たし』にもならない『ほね』のくせに」

丸で堪えた様子も見せずに起き上がると、
体を揺すって付着した土埃を払い飛ばしつつ事も無く言い放つ。

「あ゛ァ?
 カルシウム不足はおとーさんが許さねー……ぞ?」

神野が注意を引き付けていた間に、
人間離れした素早さでリディアの背後を取ったのはカーデスト・レスター…
火星で神野を捕らえてコントロール下に置いていた組織、白き翼の一員だ。
カーデストの白い杭がリディアの両脚を抉りて、オセロットには不発に終わった結晶能力を行使する。

「懼れろ、『シメオンの報復』を!
 痛みを享受せよ。断罪の刃の落つる刻まで!」

一切の結晶能力を封印し、同時に継続的な苦痛を与える能力だ。
嘗て白き翼が捕らえたSSサリシェラから得られたデーターより、
SSが結晶能力とは異なる力である事を理解しているカーデストが、
何故、其のSSに連なる存在であるSAverに能力『シメオンの報復』を用いたのか…
其れは結晶能力の封印ではなく、継続的な苦痛にこそ理由があった。
SSが如何に強大な力を振るう事が出来たとしても、
其の意識を掻き乱す事が出来れば能力を実質的に封じられる。
サリシェラから得られた教訓より完成した対SS用拘束具であるバームエーゼルは、
神野に対しても其の効果を十全に発揮した。
即ち…苦痛にてリディアの意識を掻き乱し、無力化しようという意図なのだが…

「いただきます」

リディアには身動ぎ一つありはしなかった。
三つの口が開き、神速の舌がカーデストを絡め取らんとするが、
其の舌先は虚空を薙いで地面に突き刺さるのみとなった。
狙われたカーデスト自身も回避が難しいと判断し覚悟を決めたのだが、
丸で撮影した映像がトんだように次の瞬間、
獣耳の少女に首根っ子を掴まれて神野の傍に座り込む自分の姿があった。
遅れて3階から中庭に降りてきた紅葉が、時間を凍結させてカーデストを救出したのだ。

「無謀な奴なの。
 あんなチンケな杭でどうにかなる訳ないなの」

「…唯の杭じゃない。
 だが、どういう事だ…?
 バームエーゼルはSSに対しても有効だった筈…」

持っている情報が古いなと神野がせせら笑いながら言う。

「だろうな。
 同じ手で止まるよーな奴じゃ次世代型とは呼べねぇわな。
 火星の奴に比べりゃ豪くチビ助だが…多分、同格のバケモンだ」

バームエーゼルでまんまと白き翼に捕まった事もあってか、
神野の口の滑りが良くなり…余計な事を口走ってしまう。
カーデストは其れを聞き逃さなかった。

「…やはりお前はマーズ・グラウンドゼロ内部の一件について知っているみたいだな。
 ルージェント達の消息についても洗い浚い吐いて貰うぞ」

「あ……
 何だ、TPO弁えないって嫌だなぁオイ?
 まぁ安心しろや。
 多分…大事にゃなってねぇだろ…っと!」

「どういう事だ!?」

食い下がるカーデストだが…

「何がどういう事だって?」

紅葉に続いて降りて来たデルキュリオスを前に口を噤む。
神野から情報を確実に入手出来るまではドゥネイールに尻尾を見せる訳にはいかない。

「? アルベルトは来ないなの?」

「アルベルトは、今がチャンスだとか言って例の化石を艦内に持って行った。
 この化け物は我々だけで仕留めるぞ」

紅葉の問いに答えるデルキュリオスの表情からは、
自分勝手なアルベルトへの苛立ちが容易に見て取れる。
…紅葉はアルベルトが遅かれ早かれドゥネイールから抜ける事を知っている為、
デルキュリオスのような感情を持つ事は無かったし、
態々教えてやる義理も無いと適当な相槌を打つに留めた。

「だが…カーデスト殿、貴方まで来るとは」

ドゥネイールに気付かれず神野を確保出来れば最良だったが、
こうなっては仕方ない。

「この結界の発動を見てな。
 只事じゃないと思い馳せ参じた訳だが…とんでもない怪物がいたものだ」

そうデルキュリオスに説明するカーデストの姿を、
今更だろと笑いを堪えながら見詰める神野。

「ちっ…神野、話はまた後だ。
 今はあのゲテモノを何とかするぞ」

「おお。(バーカ、大結界が解け次第リライの転移でオサラバだぜ)」

Re: ロシア、エルミタージュ美術館 - イスリス

2013/07/06 (Sat) 09:43:29

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮屋上

 

 
「……生きてる…?」

咄嗟に強く瞑った眼を恐る恐る開くハインツ。
暈けた視界が補整されて輪郭を明確にし、凶刃の辿った軌跡が自身にまで到らなかった事を理解する。

「我が主がな、
 ハインツ・カールの守りを厳重にせよと申された」

ヒートブレードを装備したエインヘルヤルの両腕を掴み、
其の懐に入り込んで押し留めるシュトルーフェの姿があった。
出力はシュトルーフェの方がやや上回っているのか、
エインヘルヤルの腕を徐々に押してゆき決してハインツや自分の方に向けさせずにいた。
ジョイント部分もアダマンチウム故に破壊する事は叶わないが、
これならば肩のレーザー砲も、両腕のヒートブレード、バルカン砲も脅威にはならない。

「悪いな。貴殿の愉しみを奪ったかも知れん。
 だが今は非常時故、小生の勝手を容認頂きたい」

ビルクレイダの態度から其の性格を推測して対応するシュトルーフェ。
普段のビルクレイダならば、こんな鹿爪らしい言い回しを不快に思って、
グダグダ駄弁るのだが…今回は流石に勝手が違う。

「いや、GJだ。
 正直ちっとロシア軍をナメ過ぎたわ」

エインヘルヤルの頭部下方に収納された補助腕が突出し、
シュトルーフェの側頭部を掴んで固定すると同時に、
頭部スリットから白煙が噴き出され、其の顔面に直撃させる。
対能力者用の睡眠ガスだが、守護者の模造品であるシュトルーフェには丸で通じず、
無駄な足掻きだと一蹴されてLLに向かって投げ飛ばされ、無力化される。

「あー…寿命がちょっと縮んだかも」

「立てるか?」

ニーズヘッグがハインツに肩を貸す。
此処にハインツの護衛として戻るよう言われたのは彼女とシュトルーフェの2名。
リライはロシア軍の本陣へSAverをネタとして交渉に赴き、神野は当のSAverとの戦いに臨んだ。
2名も護衛に割いたのは、ロシア軍の懐柔がそう易々と進む訳がないという読みによるものだが、
正に事態は其の様に推移した。

「悪いなシュトルーフェ、アタシそいつ(エインヘルヤル)苦手だ…」

「仕方ない。結晶能力が通用しないというのは厄介だ。
 知らなければ小生も、この剣を使ってしまい討ち取られていたかも知れない」

手にした結晶剣フレアをシュトルーフェが使っていたら、
結晶能力の霧散による隙を突かれていた事は想像に難くない。
情報の強みを噛み締める一同だったが、
ハインツはそんな大事な情報の伝達を怠っていた事に漸く気付く。

「あ、ごめん。
 ハインツ速報。
 メドヴェージェフがこっち来てた」

遅ぇとツッコミを入れる余裕もない。
屋上の縁に熊の手が掛かったと同時にニーズヘッグがハインツを抱えて飛び退く。

「『全てをアカく染める紅の王(キングクリムゾン)』っっ!!」

メドヴェージェフこと熊獣人プーサンの顔がぬっと現れて即座に屋上の状況を把握、
其の恐るべき能力を発動させる。
プーサンにとっての不都合が一切排除される世界を認識する権利はハインツ達にななく、
故に彼等の眼に認められたのは、瞬間移動したようにハインツの背後へと回り込んだプーサンの姿だった。
これを予測出来たのは、プーサンとの交戦経験のあるニーズヘッグとハインツのみ。
そう、ハインツはプーサンの能力についての説明さえ怠っていたのだ。
というよりビルクレイダへの交換条件とした『プーサン能力の推理』については幾分盛った話であり、
適当に話を逸らして有耶無耶にしてしまえと考えていたのだが…怠慢のツケは即行で戻って来た。
ニーズヘッグが、ハインツを抱えていたのは僥倖と言える。
他の者では即座にプーサンの接近を許して終わっていただろう。

「気をつけろ! そいつに近付かれるな!」

予想通りの瞬間移動を認めるより早くニーズヘッグは再び屋上を蹴って距離を取る。

「コイツがメドヴェージェフ?
 全然面影がねぇぞ…」

「…エインヘルヤル達の動きから、屋上に何かある事は読めた。
 ニコライ大佐なら良かったのだが…まぁ良い! 誘き出す餌くらいにはなるかぁあ!!?」

Re: ロシア、エルミタージュ美術館 - イスリス

2013/07/14 (Sun) 21:35:48

次スレへ移行

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2013/08/30 (Fri) 04:23:25

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ロシア、エルミタージュ美術館2 - イスリス

2013/07/14 (Sun) 21:36:51

  ロシア連邦、北西連邦管区、サンクトペテルブルク
  エルミタージュ美術館、冬宮屋上、東部
  ニコライ派、ニコライ・テネブラーニン


「ふむ…」

冬宮屋上に止まっていた戦艦ミルヒシュトラーセが徐々に浮かび上がり、4m程に天地を分ける。
プラネタリウムの螺旋階段から屋上へと飛び出したユヴァヤとキリフェナが辺りを見渡すも、
まだ屋上の縁沿いでは戦闘が繰り広げられているようだ。
ハインツの協力によりLLが防壁となっている為、直接戦場を目にする事は無いが、
聞こえてくる怒声や轟音から、相当な修羅場と化している事は間違いないだろう。
一先ず周囲の安全を確保したユヴァヤの合図を受け、
ニコライ派の兵達がぞろぞろと荒れ果てた其処へと上がって来る様は、
ミルヒシュトラーセより蟻の巣のように見えている事だろう。

「成程、あれが大結界か…やってくれるなエンパイリアン」

屋上へ出たニコライ大佐の最初の一言が其れだった。
見上げても戦艦の底しか目に入らない状況だが、
其れでも周囲を囲むLLの隙間に視線を巡らせれば、不気味な色の空が美術館を取り囲んでいる事を理解出来る。

「何あのキモい空? 景観を損ねるってレベルじゃないんだけど」

物怖じしないハウシンカ、

「南極のS-TAを包んでいる物と同じですね…
 (すぐにドゥネイールに報せねば……いや、もう遅いか…
  其れよりも、これはトリアの介入と見るべきか)」

マーズ・グラウンドゼロの一件を細川兄妹から聞いている為、
恐ろしい敵に目を付けられた事を悟るルークフェイド、

「…D兵器を使っただと…?
 SFESからでも洩れ出たってのか?
 (何処まで八姉妹の気持ちを踏み躙れば気が済むんだ…!?)」

独り静かに怒りを燃やすグレナレフ、

「まだ終わっていないとでもいうのかマハコラ…」

過去の元同志達が築き上げ、第三次世界大戦で再起不能となった組織の名を呟くドルヴァーン。
ニコライ大佐はハウシンカ達の反応を観察して、注目に値する人間を選別しようとするが、
一足早く最重要観察対象が上がって来てしまった為、止む無く視線を其方に向ける。

「…どういう事ですの、これは?」

リスティー・フィオ・リエル・オーディアの表情は凍て付いていた。
其の手の中では自動人形ガッデムちゃんがゲタゲタとけたたましく笑いながら、
やれロックだの、やれパンクだのと屋上の荒廃振りを褒め称えてはいるが、
其れにリスティーも釣られて笑うような事は天地が引っ繰り返ろうとも有り得ないだろう。
彼女の目には荒れた屋上しか映ってはおらず、奇怪な空への疑念も今のところ無い様子、
其の怒りは本物だ。
ニコライ大佐は、彼女から得られる情報は無いものと判断して方針を決定した。

「ミス・リスティー、残念な事にロシア軍は施設の保全など二の次だったようだ。
 このような蛮行を平然と行うなど、私にも予測出来なかった…慙愧に耐えない」

いけしゃあしゃあと宣うニコライ大佐。
如何にも落ち込んだ声色で首を左右に振りつつリスティーの肩をポンポンと叩き宥める…の実、煽る。
この後の展開の為、今の内にリスティーから冷静な判断力を奪っておこうと言う目論みだが、
扇動が本格化するよりも先にドゥネイール側から動きがあった。
すぐ近くにある戦艦底部の一角が開き、急拵えの縄梯子を下ろして一人の少年が姿を見せる。

「ひ、非戦闘員の方はすぐに乗って下さい!
 後、まだ戦える方は中庭と宮殿広場で戦っている皆さんに加勢をお願いします!
 カーデストさんが戦闘中なんです!」

ナオキングである。
ビルクレイダにリライとの仲を勘繰られて、
念の為にとニコライ大佐らの誘導を任されていたのだ。

「カーデスト?
 戦艦に座乗していないとは…妙ですね」

ルークフェイドが其の違和感に気付く。
飽く迄、カーデストはドゥネイールの一協力者以上でも以下でもなく、
人員移送の為に戦艦のみを使わせて貰ってはいるが、
自身がミルヒシュトラーセを放って交戦までするなどとは聞いていない。
これはドゥネイールの内情を知るルークフェイドにしか不思議に思えないものであり、
ニコライ大佐でさえも疑問符を浮かべる事が適わず…
…要は『彼女』が気を留める筈も無かったという事だ。

「そんじゃ、アタシはお先に~♪」

もう此処でやる事など無いハウシンカの選択は迅速且つ冷淡だった。

「お前は其れで良いのか…」

非戦闘員の己よりも早く艦に上がるハウシンカに、グレナレフが呆れながらも後に続く。

「高みの見物は趣味ではないのでな、中庭の加勢に行こう」

「私もドゥネイールの一員として可能な限り協力します」

ドルヴァーンとルークフェイドが引き続き、手を貸すと明言したところ、
縄梯子を上っていたハウシンカが突如として飛び降り、後続のグレナレフを巻き添えにして屋上へと着地する。

「パパー? 此処まで来て妙なモン抱え込むのは止めてよね」

「馬鹿娘が。戦えぬ軟弱者ではないと言うなら、お前も来い。
 中の連中を片付けておかねば、外の包囲網を容易には抜けられん。
 どの道、結界がある以上は足止めを甘んじて受けるしかないぞ」
如何にも面倒臭いと言いたげなハウシンカの非協力的な態度は、
リスティーやニコライ大佐らへの不快感から成り立つものだった。
ロシアに来てから目の当たりにした貧富の差やエカチェリナら一族の謎といった諸々の苛立ちが、
彼女をニコライ派の行動から一層遠ざけていた。
結局、仕様が無いと折れはしたものの其の溝が塞がる事は無いだろうなどと考えつつ、
グレナレフは額に出来たタンコブを擦りながら縄梯子を再び上り始めた。


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